あれから2年が経った。俺は相変わらず用具委員を務めていた。用具委員会内では最上級生になり、あちこちを補修するために走り回る日々だった。俺の生活の中で変わったことはあまりなくて、最上級生として仕事が少々増えたぐらいだった。それともうひとつ。

「富松先輩、これから用具倉庫で在庫確認ですか?私も手伝います」

そう言っては俺の後ろをとことこと付いて来る。こいつはいつもそうだ。俺が用具の管理表を持っていたり、あるいは塹壕や落とし穴やらを埋めるための手鋤を持っていたり、備品を修理するための道具を手にして歩いていると、目ざとくそれを見つけて、こうして手伝いを申し出てくる。よく気が付くやつだと思う。

だからきっと俺は惚れてしまったんだ。

この気持ちも変わったことのひとつだ。まぁ不毛だと思ってはいる。何故ならの好きな相手は俺じゃないからだ。単純明快だ。多分の片思いは3年以上、相手が卒業してしまった今も続いている。その想いが強いものであることは容易に知れる。それでもふたりは付き合っていないのは確かだ。何故ならは休日も外で逢引する気配もなく、俺が用具を整理していたり何かを修理していたりするとこのように手伝いを申し出てくるからだ。ふたりが恋仲にならないのをいいことに俺は不毛だと分かっているのにこの気持ちを諦めきれずずるずると引きずっているというわけだ。まったくもって男らしくねぇ。

「んじゃ俺はこっちの棚から見るからはこっちな」

用具倉庫で簡単な指示を出して作業に入る。しばらくは黙って用具の数をひとつひとつ数えていたがそのうちが「そういえば、」と俺に話しかけた。

「そういえば食満先輩が学園にいらしてるそうですよ。今頃はきっと学園長先生のところかと」

何事かと思えば、食満先輩、の想い人の話題であった。その話を聞いて俺は微妙な気持ちになる。

は食満先輩に会いに行かねぇのか」

いつか言ったような台詞を再度口にする。けれども内側に潜ませた意味が二年前とは全く違っていた。行かないでくれ、行くな行くなと心の中では全く正反対の言葉を叫んでいる。どうか俺のそばにいてくれと願っている。

「いいです。まだ仕事残ってますし」
「あと少しだからあとは俺がやっとく」
「そんなわけには…。富松先輩こそ食満先輩とお話したいのでは?私より食満先輩との付き合いは長いのですし」

俺が仕事を途中で放り出してまで会いに行くはずがないと思い当たったのか、は「それじゃあ終わったらふたりで食満先輩に会いに行きましょう。ふたりでやった方が早く終わりますよ」と言って俺に微笑みかけた。ふわりと周りの空気がやわらかくなる。だからそういう風に笑いかけるんじゃねぇって。そう思いつつも俺の心臓は馬鹿みたいにバクバクいって、その笑顔を見れたことが嬉しくてたまらない。平常心でいられなくなる。

、」と名を呼ぶ。食満先輩はのことをと何の躊躇いもなく呼んだ。それが羨ましいと感じたのはいつからだったか。「何ですか」と顔を上げたを見る。「」と食満先輩が呼んでいたように音に出してみる。口に出してみればなんてことはないただの音だ。それでも俺がはっきりと意思を持って発したその音はまるで特別なもののように耳に響いた。は名前で呼ばれたことに気付いていないのか振り向く。その動きに沿ってのやわらかい頬に手を当てて、瞳を覗き込む。

「富松、先輩、」

の唇が動く。かすれて震えた声。そこで俺はようやく我に返った。本来ならその唇で名前を呼ばれ、そこでプチンと理性の糸が切れてしまってもおかしくないような状況だったけれども、俺は何とか正気に戻った。一体、俺は、何を、しようとした?それよりもこの状況をどうにかしようとして、手を当てている方とは反対側のの頬を自分の制服の袖でゴシゴシと少し乱暴に擦った。こちら側の頬も同じようにすべすべとやわらかかった。

「何か付いてんぞ」

うまくごまかせただろうか。俺はいつも余裕がなくて嫌になる。もうすぐ俺がの気持ちに気付いたあの日の食満先輩と同じ最上級生になる。食満先輩は俺たち後輩にも気を配ったりしてもっと余裕があったように思えるのに、俺は全然届いていない。

「あの、ありがとうございます」
「おう」

ぶっきら棒にそう答えるのが精一杯だった。頬に添えた手を離す。これ以上は本当に歯止めが利かなくなりそうだ。そんなことをすればに嫌われるのが目に見えている。というか、考えなくたって分かることだ。どう考えたって今までの関係ではいられなくなる。

「確認終わったか?」
「あ、はい。今終わります」
「んじゃ今日はこれで終わりだ」

用具倉庫から日の下に出るとちょうど食満先輩がこちらに歩いてくるのが見えた。行ってこいよ、と声を掛けようとして視線をの方へ落とすと、そこには頬を赤く染めた女の子がいた。ああ、やっぱりこいつは食満先輩が好きなんだと、思い知らされる。 >>