私が祭りの待ち合わせ場所に着いたのは花音と同じ時間だった。どうやら同じ電車の違う車両に乗っていたらしい。すでに柳と幸村はその場で待っていて、私たちの姿を見つけると幸村は顔をほころばせた。

「吉川さんのその浴衣、かわいいね」

幸村がすかさず花音を褒める。彼の場合わざとらしくないのがさすがだと思う。「お待たせ」と言いながら合流すると柳が「まだ五分前だ」と返した。「遅刻はしなかったようだな」とも。一見意地の悪い言葉のように思えるけれども柳のこれは本気で私が遅刻するとは思っていないことも分かってきた。

は浴衣じゃないんだな」
「動きづらいし、慣れてないから着付けに時間掛かるし面倒くさくて」
「フッ、らしい理由だな」
「う、うるさい!」

そう言うと隣で花音と喋っていたはずの幸村がくすりと笑う。なんだか横から笑われたのが恥ずかしくて押し黙る。幸村は花音とのお喋りに夢中だと思ったのに案外周りを見ているから油断ならない。

「柳こそ浴衣じゃないなんて意外」
の言う通り浴衣は動きづらいからな」

そう言っていたずらっぽく笑う。柳と同じことを考えていたのが嬉しくて私もちょっと笑う。なんだか柳と共犯者になったような気分だった。

「蓮二、さん、ぼやぼやしてると置いてくよ」

気が付くと幸村と花音はもうすでに歩き始めていた。置いていくよと言いながらもうすでに置いていっているんだからさすが幸村だ。

花音と私は目についた出店でお好み焼きやら焼きそばやらわたあめやら林檎飴やらを買い込みながら祭りの奥へ進んでいく。

立海生も来ているのではないかと思ったのだけれどなかなか知り合いには会わなかった。大規模なお祭りではないとはいえ、学校から数駅違うだけの近場なので知り合いに会わないことを少し意外に思う。私が見つけられないだけで本当は沢山来ているのかもしれない可能性もあるが。

「金魚すくいやりたいな」という花音の言葉に一同は金魚すくいの屋台へ移動する。水槽の中には赤い金魚がゆらゆらと泳いでいた。たまに黒いものや、白が混ざったものもいる。一緒に挑戦している幸村と花音を一歩引いたところで見ていると、柳に「」と小さな声で名前を呼ばれた。「なに?」と口を開こうとするとそれより先に柳が人差し指を立てて「しーっ」と言った。その仕草が、普段落ち着いている柳らしくない子どもっぽいものだったことに驚いて私は言葉を発することも忘れてぽかんとしてしまった。

「こっちに来てくれ」

すぐ近くにいる幸村と花音に気付かれないような小さく低い声で柳が囁く。ちらりとふたりの方を見ていたのであのふたりには気付かれるなということなのだろう。それだけ言って柳は人ごみの間を縫ってその場を離れてしまう。私も慌ててその後を追う。今日浴衣を着てこなくて良かったと思った。もし浴衣を着てきていたら下駄のカランと鳴る音で気付かれてしまっていただろうから。

やっと人ごみを抜けたところで柳は待っていたので私はほっと息を吐いた。これ以上置いていかれたら完全に迷子になってしまうところだった。

「突然どうしたの?」

柳に駆け寄りながら尋ねると彼は「せっかくだからふたりっきりにしてやろうと思ってな」と事も無げに答える。

「柳って案外気が利くんだね」
「案外、は余計だ」

柳には怒られたけれども本当に意外だったのだ。柳がこんなふうにあからさまに恋のキューピットみたいな真似をするとは思っていなかった。たまたまはぐれたならわざと探さないだろうなとは思っていたのだけれど。

「俺もこちらの方が都合良かったからな」

そう言って柳は歩き出す。私は柳の言う意味が分からないまま後を追う。一緒にいて中途半端に気を遣うより最初からふたりきりにした方が楽ということだろうか。でも私としては花音に喜んでもらおうと頑張る幸村の姿を見ていたかった気もする。花音に自覚はないとはいえ、彼女に振り回される幸村は普段見ることが出来ない貴重な一面だからだ。なんてことを言ったら幸村に怒られそうだけれど。

どんどん迷いなく進んでいく柳に置いていかれないように後を追う。そのことに夢中になっていたのがいけなかった。途中で私は人に肩を思いっきりぶつけてしまった。

「あ、ごめんなさい」

せっかく動きやすい服装で来たというのにぼーっとしていたのでは意味がない。携帯があるとはいえ、はぐれたらこの人混みの中で見つけるのは一苦労だろう。柳に置いていかれないようにしなければ。そう思って改めて柳を追いかけようと顔を上げると突然手首を掴まれた。

、こっちだ」

柳に手を掴まれて引っ張られる。柳を見失う心配がないからか、先ほどよりもすんなり人混みを進めた。下駄ではないから足元にもさほど気を使う必要がなく、柳のペースについていくことが出来た。黙って奥へ進んでいくからどこへ向かっているのか分からなかったけれど、なんとなく神社の境内へ向かっているのだろうと予想は出来た。

「ここなら人も少ない。すぐに吉川に見つかっては意味がないからな」

柳が足を止めたのは予想通り境内に着いてからだった。彼の言う通り皆出店を見ているからか、階段を登った先にある境内には人影がなかった。足を止めるのと同時に掴まれていた手首も解放される。先ほどまでは柳について行くのに必死で何も感じなかったが、離れて始めてそこにあった熱を意識する。そして今、柳と私もふたりきりだということも。掴まれていた箇所を擦りながら動揺を隠すように隅の石段に座ると柳もすっと私の隣に座った。

柳とふたりきりは気まずいと思っていたはずなのになぜか祭りの人混みに戻る気は起きなかった。人混みは私たちの姿を隠してくれるかもしれないけれど代わりに私たちにも花音たちの居場所は分からないからうっかり見つかる可能性もある。今は花音と幸村をふたりきりにすることが第一優先だ。少なくともここならば花音と幸村が来れば分かるし、もし早々に見つかってしまいそうになったら隠れることも出来る。見つかってしまったときもはぐれて探し回っていたら疲れてしまったからここで休憩していたとでも言えば通じそうだ。きっと柳も同じことを考えてここにやってきたのだろう。そう思って私は安定して手に下げた袋から買っておいた林檎飴を取り出した。

「柳も何か食べる? 焼きそばならあるよ」
「そうだな、好意に甘えていただこうか」

袋の中から今度は焼きそばを取り出して差し出す。はしゃいで色んなものを買った花音と私とは違って、柳と幸村はその様子をただ見ているだけだった。せっかくお祭りに来たというのにこれでは柳は本当に幸村と花音をふたりきりにするチャンスを作るためについてきたようなものだ。幸村は柳にとって大切な友人だからそれで柳はいいのかもしれないけれど私はせっかく来たのだから柳にもお祭りを楽しんでほしかった。焼きそばひとつでは祭りを堪能したとは言えないかもしれないけれど。

柳は一度手を合わせたあと割り箸を割って焼きそばを口に運ぶ。その様子をぼんやり眺めていると私の視線に気付いたのか柳と目が合った。

「……どうした?」
「いや、柳も普通にものを食べるんだなと思って」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

柳がお弁当を食べる姿は何度も見ているが、そのときはなんというか、もっとお上品に食べていたように思う。他の男子がするようなご飯を掻きこむような食べ方ではなく、きちんと一口分ずつお箸で口に運ぶような綺麗な食べ方だったと記憶している。

「焼きそばを少しずつ口に運ぶのもおかしいだろう」
「それはそうだけど、そもそも柳と焼きそばが似合わないというか」
「……お前がこれを勧めたのではなかったか?」
「そうでした! どうぞお食べください」

オーバーなリアクションで返せば柳は満足そうな顔をして再び焼きそばを食べ始める。それを確認してから私も前を向き直って林檎飴をくしゃりと齧る。ここは境内の奥で出店がないとはいえ、休憩するためにやってくる人もいる。裏に通り抜けるためにやってくる人もいる。そんな人たちを何となく眺めていると浴衣を着て歩く人ばかりが目に入った。そういえばさっき私がぶつかってしまった女の子もかわいらしい浴衣を着ていた。

「今度は何を考えている」
「うーん、やっぱり私も浴衣着てくれば良かったかなって」

さっきは浴衣を着てこなくて良かったと思っていたくせにすぐにコロコロと意見が変わる。

「浴衣着付けてたら待ち合わせ時間に遅れちゃうかなと思って着て来なかったんだけど、お祭りと言ったら浴衣だよね」

先程ここまで歩いてくる道のりで見た人々を思い返してみてもやはり浴衣を着ている女子が多かった。かわいい柄の浴衣に、髪にも髪飾りを付けてお洒落している子ばかりだった。花音も浴衣を着ていたし、着ていないのはなんだか女子失格のようにも思えてきた。せめて髪飾りだけでも何かお祭りを意識したものを付けて来るべきだったか。

「柳はどう思う?」
「そこで俺に意見を求めるのか?」
「うん」

柳はやっぱり浴衣派だろうか。柳自身は今日浴衣を着てきてはいないけれども、柳は和のイメージがあるので多分浴衣の方が好きだろう。そう思うとなおさら着てくるべきだったのではないかという思いが強くなる。どうして分かりきっている質問を柳にしてしまったのだろうとさらに後悔が重なる。ぎゅっと林檎飴を持つ手に力が入った。

「確かに祭りに浴衣を着てきた方が情緒がある。だが今回の場合に限って言えば俺はの私服を見るのは初めてだからな。制服姿以外ならばどれも新鮮に映る」

そこで柳は一呼吸言葉を区切った。すっと首を傾けて私の顔を覗き込む。

「俺は、その服もお前に似合っていて良いと思うが」

ぼんっと音がしそうなほど急激に顔に熱が集まるのが分かった。これはお世辞だ。私の落ち込んでいる姿を見て柳が気を利かせてくれたのだろう。その証拠に柳の表情はいつもよりずっとやさしい。そんな顔で覗きこまれたらどうしたらいいのか分からなくなる。お世辞でもこんなストレートに褒められたのは初めてだった。

「そんなに浴衣を着たかったならば来年着ればいい。機会はまたある」
「うん。ありがと……」

辺りが暗いから顔が赤いのはばれないだろうけれど、それでも今の顔を見られたくなくて俯く。柳は私が落ち込んでいると思っていつもより優しい言葉を掛けてくれたのだろう。けれどもいっそのことからかうように言ってくれた方が良かった。こんなの反則だ。

そのあとしばらく私は無言で林檎飴を食べ続けた。隣から柳の視線を感じたような気がしたけれどもそちらを向くことはしなかった。ひたすらしゃくしゃくと林檎飴に夢中になっているふりをした。これもきっと柳にはふりだってばれてしまっているんだろうけど。

やけに祭りの喧騒が遠くに聞こえる。その代わりに夏の夜の虫の鳴く声と時折さわさわと木々が風に揺れる音だけが大きく鳴っているように思えた。不意に「時間切れだな」と彼が小さく呟く。

「精市たちが来たようだ」

その柳の声に顔を上げれば、こちらに向かって大きく手を振る花音の姿が見えた。あの様子だときっと私たちふたりがはぐれて迷子になったとでも思っているのだろう。ほっとした表情をしているのが遠くからでも分かる。私も何故か安堵して、立ち上がり「おーい」と花音に向かって大きく手を振り返した。

これ以上柳とふたりきりでいたら私の心臓がどうにかなってしまうと思った。

<<