「お祭り行こうよ」
そう幸村がにこにことした顔で私たちに言ったのは暑い日のことだった。私は自分の席でぱたぱたとうちわを扇ぎながら幸村を見上げた。そばにはいつものように花音と柳がいる。ここ最近きちんと幸村と面と向かって話す機会がなかったのだけれど、久しぶりに真正面から顔を見たと思えばこの発言だった。
「お祭り?」
「そう、夏休み入った直後の土曜に神社でお祭りがあるんだ」
窓は全開に開け放たれているけれどもぬるい風しか入ってこない。外はこれでもかという雲ひとつない快晴で、空の青が眩しいほどだった。七月に入った途端夏真っ盛りのような気候だ。
「毎日テストで疲れるだろう? 終わったあとの楽しみがなきゃやってられないよ」
「まぁ、確かに」
幸村の言葉に同意する。幸村の言う通り、私が自分の席にだらーっと座っているのは暑さからだけではない。テストの疲れも理由のひとつだ。もっと詳しく言えば、先ほどまで受けていたテストの出来が思わしくなかったのである。言い訳ではないが、こう暑くてはやる気が出ない。
「暑さのせいだけでなく、は集中力が足りない。自覚があるだろう?」
まるで私の考えを見透かしたかのように柳が言う。柳はこの暑さでも背筋をしゃんと伸ばしていて汗ひとつかいていないように見えた。半袖のワイシャツはぴしっとしていて白いままだ。柳は暑さに強いらしい。羨ましいことだ。
今回の期末テスト前、私は柳たちとの勉強会に行かなかった。切原くんも私に会いたがっていると言われたけれど用事があると言って断った。部活がなく早く帰れる日は貴重だからこの間に行かなければならないところがあるのだと今日はどうかと誘われるたびに歯医者だとか叔母の家だとかを挙げた。柳は深く追及せず、『家での勉強は怠るなよ』とだけ言った。花音はその勉強会に参加したらしいけれどそのときのことを私は知らない。
「でも幸村くんたちは部活があるんじゃない……?」
それまで幸村の提案に困惑した表情を見せていただけだった花音がおずおずと切り出した。そうだ、夏休みとはいえ、部活まで休みとは限らない。花音の所属する文芸部は夏休みの活動はほとんどないだろうが、テニス部は全国大会に向けてより一層練習に励む時期ではないのか。もちろん私も夏休み入ってすぐにコンクールが控えている。
「その心配なら必要ない。祭りは夕方から始まるし、その日はすでに夏休みに入っていて朝から練習があるからな。少し早めの五時に終わる予定だ。一度家に帰ったとしても六時に待ち合わせすることは可能だろう」
「息抜きは大事だよ」
その点は幸村にとって計算済みの事柄だったらしい。確かにいくら大会前で大切な時期とはいえ、練習ばかりでは気持ちの面から疲れてしまう。夕方からお祭りに行くのは良い気分転換にはなるだろう。
「えっと、皆で行くのかな……?」
そう言って花音は私と柳の方を見る。その表情は不安気なもので、ちょっと前までは幸村の前で見せなかった表情だ。
「そうだな……。俺もその話は今初めて聞いたんだが、が行くと言うのなら行こうか」
顎に手を当てて考えるポーズをとっていた柳が不意にこちらを見る。
「お前は、どうする?」
「えっと、私も、柳が行くなら」
部活は吹奏楽部もそんなに遅くまで活動はなかったはずだ。その週は地区大会直後だし、通過出来たとして県大会もそのすぐあとに控えてはいるが曲は出来上がっているのでそこまでハードな練習を積むことはない。時間は、空いているはずだった。
「珍しい答えだね」
そう幸村がからかうような口調で指摘する。いつもの私だったら『花音が行くなら』と答えていただろう。でも、もしかしたら幸村は花音とふたりきりが良いのかもしれない、花音もそれを望んでいるのかもしれないと思ったら花音の名前を出すことが出来なかった。その結果柳が行くならという何とも言えない答えになってしまったのだけれど。
「じゃあ四人で行こうか」
幸村がそう結論を出したのできっと花音とふたりきりの祭りを狙っていたわけではないのだろう。
勘違いだということが分かってから私はこういうときどうしていいかすっかり分からなくなってしまった。
なんとなく、幸村は読めなくて私が花音の後押しをしていいのか分からない。幸村はそういうのをひどく嫌がるような気がするのだ。他人から余計な手出しをされることを嫌がるような。幸村はすべて自分の力で好きな子の気持ちを向けさせたいと考えてそうだ。たとえそれが長い時間が掛かったとしても。花音に無理強いはしないし、花音の気持ちが自然と自分に向くまで待つような気がした。きっと幸村は私の知らないところで花音との時間を重ねている。そのことを考えれば私が無闇に間に入ることは出来なかった。
「お祭り、楽しみだね」
「う、うん……」
私がそう話を振ると花音の声は言葉と裏腹に沈んでいた。以前だったら彼女は皆でお祭りに行けることを素直に喜んでいただろう。そうでないということはきっと幸村が原因だ。それ以外考えられない。花音が幸村を意識し始めるような出来事があったに違いない。私たちが渡り廊下から目撃したこと以外の何かが。しかし花音が私に何も相談してこないということは幸村はまだ告白まではしていないようだ。しかしそれだけ分かっても私が次に起こすべき行動は分からないままだった。
「、遅刻はするなよ」
「部活があるから絶対にしないとは言い切れないけど、ちゃんと遅刻するときは連絡するのでご心配なく」
でも、一番接し方が分からなくなってしまったのは柳に対してだ。こうして大勢で話しているときは良い。その場のノリに合わせて今まで通り話せる。困るのはふたりきりになってしまったときだ。勘違いをしてしまっていたことが恥ずかしくて、ふたりきりになることを避けてしまっている。もっとも、普段の学校生活の中で柳とふたりきりになる機会などそうそうないからまだ困ったことはないのだけれど。だが、祭りではどうだろう。
「それじゃあ当日、よろしくね」
にっこりと綺麗に笑う幸村と目が合った。その笑みにはいくつもの意味が込められているような気がした。
サァっと風が吹き込んでカーテンが大きく揺れる。その隙間から眩しい光が差し込んでくる。澄んだ青空に、生徒たちのはしゃいだ声。夏休みはもうすぐそこまでやってきているのだ。
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