手に持った袋をがさがさ言わせながら歩く。その私の顔は少し不満そうなものであったはずだ。当番であった放課後の掃除もあらかた終わり、最後に自分がゴミ捨てに行って終わらせようとしていたら他の場所の掃除当番だった柳にばったり出くわし、ゴミ袋を奪われた。そのゴミ袋は例え女子ひとりだとしても運べる量だったけれど、柳はこちらが頼んでもいないのに「持とう」と言って大きな袋を勝手に持ってしまったのだ。

「柳、それ私ひとりで持てるよ?」
「だが袋が大きく、嵩張って持ちにくいだろう?」

そう言って柳は私に袋を奪われないよう警戒してか少しだけ距離を取って歩く。確かに可燃ゴミの入った袋はパンパンに膨らんでいるけれども、それ以外、今私が手に持っている缶やペットボトルのゴミは大した量ではない。

「どうせ向かう方向は一緒なんだ。気にするな」

確かに柳はテニスコートに向かうのだから一階までは一緒だ。しかしそれ以降は柳は靴に履き替えなければならないので室内からゴミ捨て場に行く私とは方向が異なる。早く部活に行った方が良いのではないかと言ってみるのだけれどゴミを捨てに行くくらい大差ないと言われてしまう。

柳がこう言っている以上ゴミ袋を返してはくれないだろうから諦めてさっさとゴミ捨てを済ませてしまうことにした。きっとこうして言い争っているよりもずっと効率が良い。

そう思って半分柳を置いていくように早足で廊下を歩いていると、渡り廊下から見える花壇の付近にふたつの人影があることに気が付いた。ふと気になってその人影に視線を向ける。

その先には花音がいた。幸村と一緒に。

一緒に談笑しているのなら良かった。ただふたりきりで会っているというのならまだ良かった。私の視線の先にいるふたりはまるで抱き合っているように見えた。幸村の腕が花音を抱きとめているその姿は転んだ花音を受け止めたとか、ただそれだけのことかもしれない。そう頭の片隅では冷静に考えられるのに体はまるでその場に縫い止められたかのように動かなかった。

突然動きを止めた私に「おい、どうした」と柳が後ろから声をかける。一歩一歩柳がこちらに近づいてくる音がする。

――柳が、見てしまう。

「ちょっとこっち来て!」
?」

柳の腕をとって反対方向へ向かって歩き出す。柳は私の急な行動に驚いたのか、ややバランスを崩して私に引きずられるようにしてついてくる。私よりも随分と背の高い彼を半分引きずられている様子はなんだかちぐはぐだったけれど、それを笑う余裕もなく、私は柳の腕を抱え込んでぐいぐいと進んだ。

なるべく遠くにいかなくちゃ。

それだけを考えて歩く。多分柳が本気を出せば私を止めることなんて簡単に出来た。けれども柳はそれをせず私の気が済むまでついてきてくれた。

「突然どうしたんだ」

私が疲れて立ち止まるころには人気のない校舎裏までやってきてしまっていた。はっとして腕の拘束を緩めたが柳は無理矢理振りほどこうとはせず私に腕を預けたまま、まっすぐにこちらを見ている。ちょっと来てと言って連れてきてしまったけれど、こんな校舎裏に用事なんてあるはずがない。何か言い訳をしなくちゃと思うのだけれど思考が絡まってとっさ言葉が出て来なかった。

「先のところに精市と吉川がいたからか?」

バレている。私が目撃したように柳もあのふたりの姿が見えてしまっていたのだ。図星を突かれて私の肩はピクリと震えてしまった。きっと柳はそれを見逃しはしないだろう。走って逃げようかとも考えたがとてもじゃないけれど柳に追いかけられたら逃げきれるとは思えない。

そうしていると私の考えを見透かしたかのように柳の手が私の手を掴んだ。けれどもそれは私をこの場に拘束するものではなく、とてもやさしいものだった。「聞かせてくれないか」小さな子どもをあやすように触れるその手に、きっと私は絆されてしまったのだ。

「……柳に見せたくなくて」
「俺に? ふたりの邪魔をしないようにではなく?」

柳は不意を突かれたような声を出す。普通はそう思うだろう。他の人ならばふたりの邪魔をしないようにという理由で連れ出していたと思う。でも相手が幸村で、通りかかったのが柳だったから。

「柳が、傷付くかなって」
「……何故俺が傷付くと思う」

柳はさらに質問を重ねる。私に全て洗いざらい吐かせるつもりなのだろうか。この先は言いたくなかったのだけれど、柳もどこか不安そうな目で私を見るものだから包まれている左手の指先の熱さも相まって「だって」と口を開いてしまった。

柳にとってはあのふたりが上手くいってしまっては困るから割って入った方が好都合だったかもしれない。でも、それでも見せたくなかったのは私のエゴだ。ふたりを目撃する柳の顔を私が見たくなかった。彼は傷付いた顔をするのか、それとも別の、例えば嫉妬の炎を燃やした目を見せるのか。私は柳のどんな反応も見たくはなかった。

「だって、柳は花音のこと好きなんでしょう?」

口にした瞬間、ちくりちくりと心臓が痛んだ。じくじくと胸に痛みが広がっていく。声が震えてか細いものだったけれど柳の手がピクリと動いたからきちんと聞こえたのだろう。

柳は花音が好きなのだ。まるで言い聞かせるかのようにその言葉を頭の中で繰り返す。柳は花音が好き。口に出すとそれははっきりと形を持ったように思えた。数ヶ月前はこんな風に思わなかった。私はどうやらおかしくなってしまったみたいだ。掴まれていない右手で思わず制服の胸元をぎゅっと握る。息が苦しい。言ってしまって、柳に嘘を吐き続けずに済んで心は軽くなってもおかしくはないはずなのにまるで鉛を飲んだかのように気分は深く沈む。柳に何を言われるのか、考えたくなくてこの場から消えてしまいたかった。

しばらくの沈黙のあと、柳が吐き出したのは「ハァ……」という溜め息だった。

「お前の考えはなかなか読み取れなかったが、そんなことを考えていたのか」
「あ、呆れなくたっていいじゃない。これでも私は柳に気を遣って……!」
「そうだな、俺の心配をしてくれたことは嬉しく思う。だが……」

そこで一旦柳は言葉を切る。柳の瞳はもう不安に揺れていなかった。柳が聞き慣れた呆れ声を出すものだから私もついいつもの調子で声を荒げてしまっていたことに気が付いた。

「どうやら俺はお前を買いかぶりすぎていたようだ。もう少し聡いと思っていた」
「何それ」
「案外鈍感だったんだな」
「馬鹿にしているでしょう」
「いや、俺の計算が間違っていたということだ」

そう言って柳はゆるゆると首を振る。

「吉川のことを好いているのは俺ではなく精市だ」

事もなげに言う。その声からは彼の感情は読み取れなかった。わざと感情を読み取らせまいとしているのか、それとも本当に思うところはないのか。

「幸村のことは知ってる。でも柳は?」
「吉川のことは友人としか思っていないな。今後もそういう対象として見ることはないだろう」
「それは幸村が花音のこと好きだからじゃないの?」
「精市は関係ない」

間髪入れずに柳の否定の声が入る。誤魔化しはやめてほしいという願いと、もし嘘ならば見抜いてやるという決心で柳を見つめる。

「吉川は大切な友人だよ」

まっすぐな声。そこに嘘やごまかしは感じられなかった。こういうことで柳は嘘を吐くような人間ではない。そういう面では私は柳のことを信頼していた。

「なんだ、安心した」
「それはどういう意味だ?」
「幸村が柳を出し抜いて告白したりしたらどうしようって思って」
「まるで小説だな」

戯けたように柳が笑う。これでも私は真剣に心配していたというのにひどい男だ。けれども私もそんな三角関係は確かに柳の言うようにまるで小説かドラマのようだと思って小さく笑った。

「でも柳は花音みたいな子が好きなんだと思ってたよ」

やさしくて大人しくて頑張り屋、そんな女の子が。最後にそれだけ伝えると柳はまたちょっと困ったような顔をしてみせる。普段はそんな姿滅多に見せないくせに今日はその顔を何度見たことだろう。普段柳が本気で困ることなんて滅多にないくせに、私がそうさせてしまっていることに少し胸が痛んだ。

「そんな勘違いをされていたとは心外だな。そうだな、もう少しあからさまにしてみせるか」
「何を?」
「……知りたいか?」

そう言って柳は私を覗き込む。柳の瞳にちらちらと私の姿が映り込んでいる。今さらながら柳との距離がとても近いことに気が付いた。

「お前が知りたいと言っても今はまだ教えられないな」

そう楽しそうに言って柳は私から離れるとくしゃくしゃと私の頭を撫でる。まるで小さい子にするようなそれを私は不満に思いながらも、同時にその手のひらに安堵を覚えていた。

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