「今日のホームルームは席替えするぞー」

担任のその一言で教室内は一瞬でざわめきたった。教師が生徒の名前を覚えられるようにとこの二ヶ月間席替えをされず、生徒たちもこれはこれでノートやら提出物を集めやすいと諦めかけていた最中だったので喜びよりも驚きの方が大きかった。

「もう六月も大分過ぎたってのにうちの先生遅すぎだよなー」

鈴木が手を頭の後ろで組みながら大きな声で言う。もちろん担任に聞かせるために、だ。先生もしっかり鈴木の言葉を受け取っていて、にっこり笑って「鈴木にはくじ引かせないぞ。お前は教卓の前固定だ」なんて返している。そのやり取りに教室中が湧く。

先生の「よーし、ひとりずつ引きに来い」の掛け声を合図に窓側の列から順番に教卓まで行ってくじを引いていく。今度は花音と席が近くなればいいなと願いながら引いたくじに書かれた番号と黒板に書かれた座席表を対応させて新しい自分の席を確認する。鈴木が勝手に私のくじ番号を覗き見て「と近い!」なんて言う。それを適当にあしらいながら番号を見るにどうやら私は運良く窓際の席を引き当てたらしい。

最後のひとりがくじを引き終わったのを合図にそれぞれ机を自分の新しい席へ運んでいく。机の整理に手間取ったせいか途中で教室の端から移動してきたはずの花音と出会った。

「花音は席どこ?」
「窓際二列目の三番目だよ」
「本当? 私一番窓際の列の前から四番目だから、花音の斜め後ろ!」

窓側の列を引き当てた上に花音とも席が近いなんてかなりくじ運がいい。一緒になってそれぞれの机をガタゴトと運ぶ。窓際に辿り着くと周りの人はもうすでに机を運び終えていた。定位置に机を置いて、一息ついていると前に座っている女の子がくるりとこちらへ振り向いた。

「隣が吉川さんで後ろがさんかー! よろしくね!」

私の前の席は陸上部の青山さんのようだ。私たちが机を運び終えたのを見て青山さんは活発そうな笑顔をこちらに向けた。かわいらしい水色のシュシュで結んだ髪が揺れる。

前は青山さん、右斜め前は花音、では肝心の隣は誰だろうと考えているとちょうどその人物が机を運んできたところだった。よろしくと声を掛けようとそちらに顔を向ければ目に入ったのはすらりとした長身。

の隣だな」

そう言ってごとりと机を下ろしたのは柳だった。そして何食わぬ顔で「今度は吉川の後ろか」なんて声をかけている。

また柳と花音が前後だなんて、柳が何か不正を働いたのではないかと疑ってしまう。シンプルなくじ引きでどうやって小細工を仕掛けるのか私には全く見当が付かないが、柳なら出来そうな気がしてしまうから不思議だ。

「柳の後ろかー! 黒板見えなかったらノート貸せよなー」
「最初から板書する気がなく寝ているやつには貸せないな」

鈴木は柳の後ろになったらしい。花音と席が近いことはもちろん、なかなか親しい柳、鈴木はクラスでもムードメーカー的存在だし、青山さんは明るく爽やか。しばらくは楽しい学校生活を送れそうだと安心する。

さんと吉川さん、メアド交換しようよ」
「いいよー」
「あ、お願いします」
「俺も青山と吉川さんのメアド知りたい!」

花音が携帯を取り出すのとほぼ同時に鈴木が割り込む。彼のこういうとき発揮する異常なスピードはある意味尊敬する。三人がそれぞれポケットや鞄から携帯を取り出すのを一歩離れたところで見ていると柳が話し掛けてきた。

「鈴木はの携帯のアドレスを知っているのか」
とは去年交換したんだよな。同じクラスだったし」

私に目もくれない鈴木を疑問に思ったのだろう柳の問いに鈴木が答える。それに対して柳は少しだけ眉を顰めた。何か言いたそうな顔。けれど待っても柳は何も言わない。

「何? 柳なら私のメールアドレスなんかとっくに知ってるんじゃないの?」
「調べようと思えば簡単に調べられる。精市が吉川のアドレスを知っているからな。だが俺が一方的に知っているだけでは意味がない」

それだけ言うと柳は口を噤んでしまった。花音と青山さんが「どういうこと?」と顔を見合わせているのに答えないどころか視線を合わせようともしない。柳にとって都合の悪いことだったのだろうか。柳は一方的では意味がないと言った。では双方からならば意味があるということか。

「……もしかしてアドレスを『交換』したいってこと?」

その問いかけに対して柳はそうだとも違うとも言わなかった。この場合、沈黙は肯定ととっていいだろう。その様子を見て青山さんは「えー!」と驚いていた。

「そんなのメアド交換しようって一言言えばいいじゃん。もしかして頼んでもさん教えてくれなかったり?」
「そんなことしてないって!」

青山さんがからかうような目を向けてくるので否定する。そんな意地悪をするほど私は子供染みているつもりはないし、アドレス交換を拒否するほど柳を嫌っているつもりもない。一言アドレスを教えてくれと言われたならばすぐに携帯を取り出すだろう。青山さんが驚くのも無理はない。柳の行動は不可解だ。ただ、私のアドレスをよく分からないルートから調べて悪用しなかっただけマシだが。

「柳ってたまに子どもっぽいとこあるよね」

私がそう言うとそれまでおかしそうに笑っていた青山さんと鈴木の動きがぴたりと止まった。

「柳くんが子どもっぽい……?」
「いやいや、どこが! 柳を子どもっぽいなんて言えるのだけだって!」

確かに柳は背も高いし、落ち着いているし、一見子どもっぽいなんて評価からは程遠いように見える。けれども本当は年相応な部分もあるのだ。案外柳は面倒くさい。

「意外と機嫌が顔に出ると言うか」
「ほう……」
「ほら、今もちょっと不機嫌そうな顔してる」
「……」

そう指摘すれば柳はさらにむっつりと黙り込む。本人も自覚があるのだろう。だから言い返してこない。

「すげー! あの柳を手懐けてる!」
「手懐けてるとはちょっと違うと思うけど」
「でもあの柳を黙らせたじゃん!」
「そうだよ! 柳くんにあんなこと言える人そういないよ!」

そんなこと前にも幸村に言われた気がする。あのときは私が噛み付いていたけれども今は私が優位に立っている。私も少しは成長しているのかと思うとちょっとだけ嬉しかった。

は柳くんのこと理解してるんだね」
「何でも分かるってわけじゃないよ」

花音のとどめの一言だ。花音の言葉はたまにまっすぐすぎて恥ずかしくなるときがある。理解なんて言葉を使うほど大層なことじゃないし、実際は柳が何を考えているか読めないことの方が多い。柳の言葉は難解で私には意図するところが分からなかったりする。何かを狙った行動だと分かっても、その肝心の狙いがなんなのか分からない。機嫌が悪いと顔に出るというのも最近気付いたことだ。普段何も読み取れなさそうな顔をしている分、振れ幅があるとすぐに分かるようになった。それとも柳が感情を表に出せるほど私は彼と親しくなったということか。

でも、私がいくら柳を理解したといっても柳が理解したいのも理解されたいのも花音だろうに。柳たちと一緒に勉強会をしたのも試合を見に行ったのもあれは花音の付き添いだ。今の花音の一言は柳にどう響いただろうかと心配になって柳を盗み見る。

あいにく私は他人の考えが全部分かるような超能力は持ち合わせていない。それに加え柳は感情が読み取りにくい。今の私には柳が上機嫌か不機嫌かぐらいしか分からない。だからこそちょっとした感情の機微が分かればいいなと思う。そうすれば――

「では今俺の考えていることが分かるか?」
「分かんない」
「正解は早く携帯を出せ、だ」

そうすれば私も少しは動きやすくなるのに。

「受信出来たか?」
「うん。今度はこっちから送る」

言われた通りに取り出した携帯で柳の連絡先を受け取って、今度は私の連絡先を柳に送信する。なんとなくお互い小さな携帯を付きあわせながら向き合っていると変な感じがする。柳が私に合わせて背中を丸めているからだろうか。

「登録した」

そう言って柳が背中をまっすぐに伸ばせば、すぐさま鈴木が「柳ー!次俺にメアド教えて!」と騒がしく割り込んでくる。それを横目に「花音も柳と交換しなよ」と花音を促す。アドレス帳に新しく登録された『柳蓮二』の文字。その文字に心臓の端っこが妙にむずむずするのを感じながら、本人の様子を見るとどうやら機嫌は直ったらしい。そこにはいつものようにふっと溢すように笑う柳の横顔があった。

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