学生にとっては一大イベントである定期テストが終わった。今回は少し手応えがあった。実際にテストが返却されてみるとどの教科も予想以上にいつもより良い点数が並んでいたものだから、思わず顔を綻ばせてしまった。周りにはテストの点に安心する者、予想外に悪くて落ち込む者など皆テストの結果が顔に出ている。前の席の鈴木なんかは特に。

「よっしゃ、ギリギリセーフ!」
「何がギリギリなの?」
「赤点ギリギリ! でも赤点じゃないならそれでいい!」

そう言って鈴木は拳を突き上げ、喜びを全身で表していた。その目立つ行為に少し離れた席の生徒も鈴木を見てくすくすと笑っていたけれども本人はそんなこと全く気にしていないようだった。

「そんなに喜ぶことなの?」
「テストの点数悪いと補習入るじゃん? そうすると部活の時間減るんだよなー」
「ああ、なるほど」

確か鈴木はサッカー部で、三年生の引退後はレギュラーになるのではと期待されていると聞いたことがある。それで切原くんもあんなに必死だったというわけか。確かに貴重な部活の時間が減ってしまうのは避けたい。

「鈴木、あんまり騒ぎすぎると先生に目をつけられるぞ」

声に振り向くと、いつの間にか柳が隣に立っていた。柳は背が高いからこちらが座っているといつも以上に首を傾けなくてはならないから疲れる。

柳の席はここから離れているというのに、わざわざ鈴木を注意しに来たのだろうか。それほど鈴木は騒がしくしていたのでありえない話ではない。

「やっべ! 先生のあの顔、赤点ギリギリ程度で喜ぶなって顔だ!」

まだ教壇に残って勉強熱心な女生徒と話していたはずの担当教師がこちらを睨んでいた。『こちら』というよりは『鈴木を』ではあるが。私まで先生の視線から逃れるように首をすくめる。けれども鈴木はあまり反省しているようではなかった。

は何点だったんだよ?」
「あっ、ちょっと!」

ふたつ折にして机の上に置いてあった答案用紙を奪われる。鈴木は伸ばした私の手をひょいと避けて逃げる。

「勝手に見ないでよ!」
「良い点数なんだからいいじゃんかー!」

見ていいとは言っていないのに鈴木はすでに答案用紙を広げて点数を見てしまっていた。鈴木の言うように今回のテストの点数は一般的に見ても良い点数だった。自分でもその点数に満足している。

「確かにいつもより良い点数だな」

鈴木からやっと答案用紙を返してもらえたと思うと今度は柳が私の手元を覗き込んでいた。慌てて隠そうかとも思ったがもうすでにばっちり点数は見られているだろうし、柳のことだから今隠しても独自のルートで調べ上げるだろうから抵抗しないことにした。きっと無駄な徒労になるだろうことが簡単に予想出来た。

「俺のおかげ、だな」
「そういうの自分で言う?」

確かに今回はいつもよりもしっかり見直しをしたおかげで良い点数が取れた。それは柳のアドバイスがあったおかげではあるけれどもそれをはっきりと言ってしまう柳はなかなか良い性格をしている。私の努力の賜物という可能性はないのか。

「でも、ありがとう」

見直しをきちんとやるようにしたのは柳の言葉があったからだ。テスト中に柳の言ったことを思い出さなければ、この点数は取れなかっただろう。そう思って感謝を伝えたのだけれど、待っても柳から返事が返ってこない。

「柳?」
「……ここでお礼を言われるとは思わなかったな」

そう言う柳は口元を手で覆い隠している。その様子に私は思わずぽかんと口を開けてしまった。こっちこそ柳のその反応は予想外だ。てっきり『当然だ』みたいな顔をすると思っていたのに。

「……もしかして照れてるの?」
「馬鹿を言え」

そう言って口元から手を外した柳の表情はいつもと変わらなかった。本当にただ驚いただけらしい。それを少し残念に思う。照れた柳なんかものすごく貴重だろうから見てみたかったのに。

「それよりも俺はお前に用があって来たんだ」
「私に?」
「精市が昼飯を一緒に食べようと誘いに来た。吉川はすでに精市と先に行って待っている」

柳の言葉に花音の席を確認すると、確かにそこに花音の姿はなかった。おそらくクラスにやってきた幸村に一緒にお弁当を食べようと誘われて先に連れて行かれたのだろう。柳は席が離れている私を呼びに来てくれたということらしい。

「待っていてやるから早く支度をしろ」

その言葉に慌てて筆箱やら教科書やらを仕舞う。待っててやるとは言われたもののあまりにも遅いと柳に置いていかれるかもしれない。そうすれば花音たちがどこへ行ったのか知らない私はひとりでお弁当を食べることになってしまう。それだけは嫌だ。

「いいなー、柳今度オレにも個人指導頼むよー」
「お前にやる気があるのならな」
「マジで! やった、柳がついてりゃプラス二十点は堅い!」
「それはお前の努力次第だ」

私が鞄の中からお弁当箱を取り出してる間に柳と鈴木はそんなことを話していた。鈴木はバシバシと柳の背中やら肩やらを叩いて喜びを表現し、柳はそれを適当にあしらっていた。鈴木といい後輩の切原くんといいどうやら柳はこういう人懐こいタイプの人間と意外にも相性がいいらしい。

「用意は出来たか?」
「出来ました!」

そう言ってお弁当を持って立ち上がるとそれを確認した柳は満足そうに頷いて歩き始める。それについて行こうとしたところで、「あ!」と後ろで鈴木が声を上げたので私は思わず踏み出しかけた一歩を止めた。柳も立ち止まって何事かと鈴木を振り返る。

「そうだ、、三時間目の英語のノート取り忘れたからあとで貸して!」
「えー、嫌だよ。取り忘れたっていうか取る気なかっただけでしょ」
「そう言わずに! ね? ちゃん!」
「調子良すぎ! もう仕方ないなぁ……って柳待ってよ!」

鈴木の相手をしているその間に柳はくるりと背を向けてさっさと教室を出て行ってしまった。

幸い、柳といくら歩幅が違うとはいえ、走ればすぐに追いつける。待ってると言ったのに結局先に行ってしまうなんて柳らしい。

柳はむっつりと黙り込んでしまってなんだかいつも以上に話しかけづらい。気まずい雰囲気が漂っているけれどももうすぐ花音や幸村と合流するのだからそれまでの辛抱だと思ってこちらも黙っていると柳がぽつりと言葉を落とした。

「……と鈴木は仲が良いんだな」
「そう? 普通じゃないかな。そりゃ鈴木とは去年クラスが一緒だったからその分ちょっとは仲良いと思いたいけど」

今年クラスが一緒になり二ヶ月を過ごした相手よりも、去年から同じクラスで一年と二ヶ月を共にした相手の方が仲が良いのは当然の道理だ。ただ、それだけで鈴木と私はただのクラスメイト以上に仲が良いとは言い難い。しかし先程のやりとりを見る限り鈴木はたった二ヶ月の付き合いである柳とも十分仲が良さそうに見えた。きっと彼が誰とでもすぐに打ち解けるタイプだからなのだろう。

「鈴木って結構サッカー上手いんだよね。去年の球技大会でも大活躍でさー」
「俺もテニス部だが?」
「うん? 知ってるけど?」

柳がテニス部なのは有名だから私に限らずクラスメイトのほとんどが知っていると思う。というか今の柳の言葉は接続がおかしくなかったか。俺もと言ったが柳はテニス、鈴木はサッカーで部活が違うではないか。それとも運動部という大きな枠の話だろうか。どちらにしろ柳の意図は読めないけれど。

「あー、今日はどこでお昼食べるのかな? 私たちは一体どこに向かってるの?」
「中庭だ。美化委員会で植えた花が丁度咲いたらしい」

よく分からない空気に耐えきれなくて無理矢理話題を変えると先ほどの気まずい雰囲気が少しだけ和らいだ。それに中庭も次の角を曲がればすぐだ。この空気も花音と幸村が加われば元に戻るだろう。

中庭に入ると美化委員が植えたらしい花が花壇に咲いていた。園芸に詳しくない私には花の種類は分からなかったが柳が「ペチュニアだな」と教えてくれた。そのペチュニアが綺麗に咲く中庭を歩いて行く。

「待たせたな」

そう言ってベンチに近付く柳の後ろから顔を出すと、幸村と花音が座って待っていた。花音は私を見て「」と笑顔でひらひら手を振る。しかしそんな花音とは対照的に幸村は何やら不満そうな顔をしていた。

「あーあ、俺も吉川さんたちと一緒に勉強会したかったなぁ」

何事かと思えば幸村は先日柳たちと行った勉強会に参加出来なかったことをまだ根に持っているらしい。結局柳たちと一緒に勉強したのは一度きりだった。それ以降は他のテニス部のメンバーと勉強会が開かれることになり私達も誘われたのだが丁重にお断りしたのだ。

「俺だけクラス違うし、なーんか俺との間だけ溝があるような気がするんだよねぇ」

そう言って幸村はちらりと花音を見る。花音がちょっとだけ視線を下げて申し訳なさそうな顔をする。私に言わせれば、幸村と柳とでそう違いがあるようにも思えないのだけれど幸村は現状に不満があるらしい。

「無理もない。吉川はこの間まで精市がテニス部だということすら知らなかったようだからな」
「えっ、それ本当?」

その言葉に花音が頷く。幸村はこの事実を知らなかったらしい。まぁ幸村は中学三年で部長を務めていたこともあり、ほとんどの生徒は幸村がテニス部に所属していることを知っている。

「当然吉川は精市がテニスをしている姿を見たことがないだろう。精市は強い。一度試合を見ることは幸村精市という人物を理解する近道になると思うが」

柳が幸村に進言する。幸村精市は普段のやわらかい雰囲気から想像出来ないくらいテニスが強いらしい。らしい、という話だけで私も実際見たことはないので知らないのだが、その噂が本当ならば確かに彼のテニスをプレーする姿を見ることは幸村の新たな一面を知ることにはなるだろう。

「そうだね。ねぇ吉川さん、もし良ければ見に来ない?」
「でも、迷惑じゃないかな?」
「そんなことはないよ」
「じゃあ、そのうち。お邪魔でなければ見学させてもらおうかな」

花音が控えめにそう答えると、幸村は先程と打って変わって満足そうな笑みを見せた。幸村の機嫌も直ったようだし良かった良かったと思いながら花音たちの隣のベンチに座ってお弁当の包みを開けていると、「さて」と柳が口を開き、こちらを見る。目が合った瞬間、なんだか嫌な予感はした。

「吉川は来ると言っているぞ。当然も来るだろう?」

きっとこれが狙いだったのだろう。柳の口元は綺麗な弧を描いていた。

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