桜も満開の時期をすぎ、緑色の葉が目立つようになった頃。クラスメイトの自己紹介も終わり、委員会も決まり、授業も始まって、今度はクラスメイトの顔と名前を一致させるよう努力する時期だ。クラスメイトの女子たちは以前同じクラスになったことのある子だとか、席の近い者同士机をくっつけてお弁当を広げている。
私はそんなクラスメイトの間を縫って廊下側の席まで移動していた。
「花音、お弁当食べよー」
友達である吉川花音のところへ駆け寄れば、彼女は机の上で整えていた教科書ノートを仕舞いながら「うん」と弾んだ声で返事をする。上げた顔は声と同様に嬉しそうなもので、こちらまでにこにこしてしまう。彼女は中学からずっと仲良くしている友達だ。
周りを見回して、丁度花音の前の席が空いていたので椅子を拝借する。教師が名前と顔を一致させるという名目で席は未だ出席番号順のままだ。この席順のままだと私と花音の席は離れてしまっているから早く席替えをしてほしいのだけれど、生憎ものぐさな我が担任はしばらく席替えをするつもりはないらしい。
「本当、花音と同じクラスで良かったー」
「ってばそればっかり」
そう言って花音はくすくすと笑う。確かに始業式以来何度この台詞を言ったか知れない。それでもこうしてお弁当を一緒に食べているとしみじみ思うのだ。クラス替えで特別仲の良い友達と同じクラスになれたのはとても幸運なことだ。しかも修学旅行などイベントの多い高校二年生で同じクラスというのは大きい。
お弁当の包みを広げると、花音も鞄の中からお弁当を取り出す。花音のお弁当箱は小さな二段重ねのもので、いつも彩りの良いおかずが並んでいる。
「そういえば今度暇な日があったら遊びに行かない?」
「いいよ。春休みは結局予定が合わなくて遊べなかったもんね」
「この間部活の後輩からかわいい雑貨屋さんがあるって話を聞いたから付き合ってほしくてさー」
「わぁ、行きたいなぁ」
そんな風に他愛のない話をしていると、「すまない」と言う声が上から降ってきた。顔を上げると背の高い男子が立っていた。まだクラスメイトの名前を覚えきっていない私でも分かる、彼は柳蓮二だ。テニス部レギュラーだということで有名だから同級生の大抵は知っている名前だ。そういえば彼も同じクラスだったと思い出す。しかしそれだけだ。クラスメイトになったとはいえ、今まで話したこともない相手が私に何の用だろうと思っていると柳は私の後ろを指差した。
「机の中にあるノートを取りたいんだが少しいいか?」
その言葉でようやく今自分が座っている椅子が柳のものだったことに気が付いた。
「あ、ごめん。勝手に椅子借りてた。退くよ」
「いや、構わない。昼休みは別のクラスで過ごす予定だからな」
「本当? じゃあ遠慮なく借りる」
浮かせかけた腰を再び落ち着かせ、お弁当のおかずであるミートボールを口に運ぶ。そんな私の様子を見て柳は腰をかがめて、机の中から一冊のノートを取り出した。
「それが噂のデータノート?」
「期待を裏切って悪いがこれはただの古典のノートだ」
「なんだ、残念」
私がそう言うと柳はちょっとだけ笑ってそのまま何も言わず去っていった。噂通りクールというか大人っぽいというか、取り澄ました顔をしている人物だ。
「の知り合い?」
それまで黙って私と柳のやりとりを見ていた花音が恐る恐るといった様子で口を開く。どうやら花音は人見知りなのに加え、私が知り合いと喋っているところを邪魔しては悪いと思っていたようだ。
「ううん、今初めて喋った。でも柳はテニス強いとかで有名じゃん」
「……そうなの?」
「花音知らなかったの?」
「同じクラスになったの今回が初めてだし、テニス部に知り合いもいないし……」
私も柳と同じクラスになったことはないし、テニス部に知り合いもいない。しかしテニス部のファンをやっている友達がよくテニス部はすごいという話をよく聞かせるのでレギュラーの名前は一部覚えてしまったのだ。思い返せば、特にテニスに興味もないし、私もそのテニス部好きな友人がいなければ柳のことなんて知らないままだったかもしれない。ちなみにその友人は仁王くん推しらしい。
「花音は去年テニス部の真田と同じクラスじゃなかった? 柳は真田に用事があるのか、よく花音のクラスで見かけたよ」
去年は花音とクラスが離れてしまっていたが、たまに彼女のクラスに遊びに行っていた。そのとき柳の姿を見かけたことがあったような気がする。花音に会いに行っていたため、あまり周りの様子は気にしていなかったのだけれどそれでもテニス部の有名人である柳や真田は背も高いし何より並の高校生にはないオーラがあったから記憶に残っている。
「去年真田くんは同じクラスだったけど特に親しいわけじゃなかったし」
真田は中学三年のときに風紀委員長を務めていて、そのときの堅物そうなイメージが強い。私も特にきっかけもなく同じクラスというだけだったら親しくすることなんてないだろうと思う。
「それにしても花音の前の席が柳とはねぇ」
そんなことを言いながら卵焼きをひょいっと口の中に放り込む。柳が前の席だと黒板見づらそうだなぁなんて考えながら。
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