校舎の横を歩いていると木陰に見慣れないものを見つけた。見慣れないものというよりもその場にそぐわないと言った方がいいだろうか。それは人だった。青紫の装束、ふわふわと広がった髪。私は足音を立てないように注意しながらトトトと横歩きでそちらへ近付く。何故だか何か悪いことをしているような気分になって私は周りに誰もいないか確認してしまう。

「雷蔵?」

思った通りそこに寝ていたのは雷蔵の顔をした人物だった。名前を呼んでも反応がない。ぐっすり寝入ってしまっているのだろうか。頬をつついてみる。それでも彼は少し身じろぎしただけで起きる気配はなかった。三郎だったなら顔を触られようものならどんなに熟睡していたとしても飛び起きるだろう。だからこれはきっと雷蔵だ。

雷蔵の寝顔なんて初めて見た。

何だかとても貴重なものを見たような気がして得した気分だった。実際、こんな風に雷蔵が木陰でひとり昼寝をしているところなんて見たことがない。なんとなく雷蔵は日中はしっかり活動をして夜しっかり寝るタイプのように思えた。仮に昼寝するにしても部屋でしっかり布団を敷いて寝そうだと。耳を澄ますとすーすーと規則正しい寝息が聞こえてくる。余程疲れていたのだろうか。それとも私が見たことないだけで本当はよくここで寝ていたりするのだろうか。

寝返りを打つと近くにあった私の手をきゅっと握った。

「ら、雷蔵、起きてるの?!」
「ん…」

私の手を握り、丸くなって眠る雷蔵はまるで赤子のようでかわいかった。男の人にかわいいと言うのはおかしいだろうか。

…」

雷蔵が私の名前を呼んだ。起きたのかなと思って「雷蔵?」と顔を覗きこんでみるけれども、目を開ける気配はなかった。心臓がバクバクとうるさい。寝言、だったのだろうか。雷蔵は寝た振りをするような人じゃないからきっと本当に寝言だったのだろう。一体どんな夢を見ていたのだろうと、気になる。何で、私を呼んだのだろう。もしも雷蔵の夢の中に私がいたら、良いなと思う。夢の中でも雷蔵と一緒にいられたら、嬉しい。

この手でこの間抱き締められたのか、と余計なことを考えてしまって私はひとり顔を赤くした。抱き締められたと言うのは語弊がある。あれはただ雷蔵が落下してくる本から私を庇ってくれた、それだけのことなのだ。分かっているけれども、とっさに引き寄せられたとき何かを期待してしまった。私のせいで雷蔵はこぶを作ってしまったのに、嬉しかったなんて不謹慎すぎる。あのときは混乱していてどさくさに紛れて雷蔵の頭を触ってしまったりした。思い出すだけで顔が熱くなる。

今も、もう片方の手でその髪に触れようと思えば触れるのだ。

「雷蔵」

そう呼びかけると再び彼は身じろぎをして、パチっと目を開けた。そのまま私と目が合って彼は数回瞬きを繰り返した。あまりにも突然の覚醒に私はどうしていいか分からなくなって、思わず固まってしまう。

「え、?なんで…、え?!」

雷蔵は私の顔を見て、次に繋がれた手を見て慌てた声を出した。パッと手を離して距離を取る。私にとってそれは少し残念だったのだけれど、雷蔵にそれを知る術はない。

「お、おはよう、雷蔵…」
「え、ちょっと待って。どういうこと…?」

雷蔵は寝起きで上手く頭が回転しないのか、珍しく慌てている。いつもやわらかく挨拶してくれる雷蔵ばかり見ているからか、こういう表情は新鮮だった。

「本当にごめん!僕、他に変なこととかしてないよね?!」
「寝てただけだよ?あまりにも気持ちよさそうだったから起こすのは悪いなぁって思って」

雷蔵が土下座する勢いで謝りたおしてきて、私は驚いてしまう。むしろ謝るのなら私の方だ。寝顔をじろじろ見たりして。

の時間を拘束してごめん。お詫びさせて」
「え、そんなのいいよ!大したことじゃないし」
「僕の気が済まないんだ。何でもするから言って」

本当に大したことではないのに。時間にしてもこうしていたのは10分と経っていない。それに私は雷蔵に手を握られて嬉しかったくらいなのに。雷蔵が寝ぼけて私の手を何か、それが例え誰かの手と間違えたのだとしても私は嬉しかった。雷蔵は起きてそれが私の手だと知って落胆したかもしれないけれどそれでも私は嬉しかったのだ。むしろ私がお礼をしたいくらいだけれど、雷蔵はこうなると結構頑固だ。

「何でも?」
「何でも」

私が何をお願いするか分からないのにはっきりと宣言する。もしもとんでもない要求をされたらどうするつもりなのだろう。いや、雷蔵はきっとそんなこと考えもしていないんだろうな。

「じゃあ今度の休み、私の自習に付き合ってくれないかな?」
「試験が近いし特に用事もないから僕も勉強するつもりだったけど…。そんなのでいいの?」
「雷蔵は優秀だし図書室の本に詳しいからきっと私ひとりで勉強するよりは捗ると思うの」
がそうしてほしいなら力になれるよう頑張るよ」
「ありがとう」

『そんなこと』と雷蔵は言ったけれど私にとってはかなり大したことだった。優秀な雷蔵に勉強を見てもらうことはもちろん、休日も一日雷蔵と一緒にいられる口実を手に入れたのだから。試験が近いからきっと朝から夕食の時間まで勉強することになるだろう。こんなに長い時間雷蔵と一緒にいられる機会なんてそうない。

「すっごく嬉しい」

今日は得してばかりだ。こんなに嬉しいことばかりでいいのかな。