彼女がいるところはまるで陽だまりのようにあたたかくて、彼女が笑うとキラキラと光が舞うようで僕の目を眩ませて、彼女の声は耳をくすぐるような心地良さで、僕はそれを少し遠くから眺めてはほんの少しのしあわせを感じる。そんな日々がずっと続けば良い、と心から願っていたんだ。

 *

廊下を歩いているときふと外を見やるとひとりの少女の姿が目に入った。正確に言うのならばそこには数人のくのたまがいたのだが、僕に意識されたのはただひとりだった。彼女は年下のくのたまに何やら話しかけられていた。

、」

僕は思わず彼女の名前を呟く。彼女が歩いている外の場所は僕らが歩いている廊下からは随分離れている。こんな小さな声でいくら名前を呼んだって聞こえるはずはないのに、彼女がこちらを振り向いていてくれやしないかと願っている僕がいた。

「またか」
「な…!?」

隣にいた三郎が呆れた声を出した。ああ、すっかり三郎が隣にいることを忘れていた。慌ててみるけれどもう遅い。「今さら隠そうとしなくたっていいだろ」三郎の言う通りではある。今さら失言のひとつやふたつしたところで、もうとっくに三郎にはばれてしまっているんだから。

「あいつは今日も人気者だな」

すいっと再び外に視線をやる三郎につられて僕もそちらを向く。そう言う三郎の言葉通り、彼女の周りにはくのたまの後輩が3人ほどいて、何やら楽しそうに話している。は親切で面倒見が良いから後輩に慕われている。よく後輩に囲まれているのを目にする。もちろん同学年のくのたま皆とも仲が良い。彼女を嫌える人間なんているもんかとすら思う。それほど彼女はやさしい人間で、敵などいなかった。

ふと彼女がこちらを向いた。にっこりと笑顔を作って、小さく手を振る。少し距離が離れているとはいえ、同じ格好の人間がふたり廊下で立ち止まっている姿は目立ったのだろう。

『ら い ぞ う』

そう彼女の口が動いた気がした。当然この距離だから僕が見誤った可能性のが高い。きっと彼女は違うことを言ったに違いない。けれども、もしも本当に僕の名前を呼んでくれていたのなら、これほど嬉しいことはないと思った。

「おーおー、見せ付けてくれるねぇ」

隣で三郎がからかう声がしたけれども僕はそれどころじゃなかった。ドキドキと鳴る心臓、うっかりすれば真っ赤に染まってしまいそうな顔を隠すのに必死だった。

彼女の笑顔を見るだけでしあわせな気分になれる。

これをきっと恋と言うのだろう。そうだとしたら僕はに全力で恋をしていることになる。

「何で告白しないんだ?案外いけるかもしれないぜ」
「いや、無理だよ」

にべもなく答える。ほとんど反射に近かった。僕が問いを予想して答えを用意していたかのような返事に三郎は不機嫌そうに顔を歪ませた。

「今一番に近いのは雷蔵だ」
「それがどうしたっていうんだ」

自嘲気味の言葉が出た。三郎がぴくりと固まるのが分かった。もしかしたら怒らせたかもしれない。けれどもこれは僕の本心だった。どんなに近くにいようとも、に好いてもらえないのなら、それは僕にとってすべて意味のないことだった。

「もし告白して断られたらどうしたらいいのか分からなくなる」

冗談混じりに僕は言う。けれどもこれは半分冗談で半分は本当だ。もしもはっきりと彼女に拒絶されたら僕はどうなってしまうか分からない。

とは挨拶くらいは交わせる仲だ。図書室で会えば世間話くらいはする。逆に言えばその程度の関わりと言える。僕はその少しの関わりさえ失うことをひどく恐れているのだ。告白して、拒絶されることが怖い。今は僕に微笑みかけてくれるというのにそれがなくなってしまったら一体僕はどうなってしまうのだろう。

一言で言ってしまえば僕は彼女に拒絶されることがこわいのだ。

けれどもこわいこわいと言っていても僕はそれ以上に、もしあったかもしれない未来を潰してしまうのは嫌で。それ以上にの隣にいられる権利が喉から手が出るほどほしくて。そうして、告白するか告白しまいかと僕はまた延々と悩んでしまう。

そうしている間に彼女に特別な男が出来てしまわないかとも思う。はかわいくてやさしいからいつ他の男が彼女に告白するか気が気でないのだ。

「そうやってあとで後悔しなきゃいいがな」
「奇遇だね、僕もそうならなきゃいいなと思っていたところだ」

自嘲の色が濃い声で返す。もしも、が僕のことを好いてくれたならそれ以上のしあわせはない。けれども言うのはこわい。だから僕はまだこのままの関係でいいと自分に言い聞かせて、その日をずるずると先延ばしにしているのだ。

「雷蔵はのこととなると本当に慎重派だな」
「そりゃあ、」

好きだからね。

そういうと三郎は「もうお前には付き合いきれん!」と言って廊下を行ってしまった。自分から話を振ってきたくせに、と僕は思う。勝手なもんだ、と。

三郎の後ろ姿が廊下の角に消えてしまうのを見届けてから、最後にもう一度へ視線をやる。こんなに見てしまっては気付かれてしまうだろうかと心配になるが、自然と目が追ってしまう。彼女は後輩に手を振って別れるところだった。そしてそのまますいっと視線を上げて。

僕と目が合った。

ドキリと僕は固まってしまう。がにこりと微笑んで手を振るけれども、僕はそれにうまく応えられない。ぎこちなく手を振り返す。それでも僕の心はどこかあたたかくて、こうしていることがきっとしあわせなんだろうと思った。