窓には水滴がいくつも付いていた。雨が振る音がまるでバックミュージックのように鳴っている。私はその音を心地良く聞きながらマグカップにミルクを注いだ。
電子レンジにマグカップを入れる。いつもは温めるマグカップはひとつだが、今日は同じものがふたつだ。温める時間もいつもより多めに設定してスタートボタンを押す。猫の描かれたおそろいのマグカップが赤橙の光に包まれてくるくる回っている。
私はそれを眺めながらリビングに向かって
「はちみつ入れる?」
と声をかけた。リビングからはカタカタと物音が二つ三つ聞こえたが、返事はなかった。
仕方ないなぁと思いながら私ははちみつの瓶を取り出した。タイミング良くレンジがミルクを温め終わった音がした。熱くなったマグカップを注意深く取り出すと、私は双方のマグに同じだけはちみつを入れた。自分の好みになってしまったけれど、返事がなかったのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせながらリビングに戻ると、小さな影はソファーの脇にうずくまっていた。
「さーぶろーくん?」
声をかけると彼の小さな型がピクリと動いた。知り合いから預けられたこの男の子はなかなかの人見知りだ。何度か預っているのだが、六歳の彼は来るたびに私を警戒してくれる。毎回帰る頃には少しだけ私に打ち解けてくれるのだが、次来たときにはまた元に戻ってしまっている。彼と仲良くなりたい私としては少し寂しい。それ以外は全くと言っていいほど手のかからない良い子なのだけど。今も彼は私の与えたジグソーパズルを床に広げて遊んでいる。外がこんな天気でなければ遊びに連れてってあげるのだけれど、生憎雨は止みそうにない。
「三郎くん、ホットミルク出来たよー」
私がそう言うと彼は手にしていたパズルのピースを床に置くと私を見上げた。小さなふたつの瞳の中に私が映る。「どーぞ」とマグカップを渡すと彼は少しだけ目を輝かせた。何も言わなかったけれど、ホットミルクは飲みたかったらしい。私は安心して彼の隣に同じように腰掛けた。
「あつ!」
「気をつけなきゃダメだよ。フーフーして飲まなきゃ」
私が言うと三郎くんは素直にフーフーと息を吹きかけてミルクを冷ましている。雨がふって寒い日が続くと無性にホットミルクが飲みたくなる。しかもはちみつを入れたでろでろに甘いやつ。三郎くんもこういうのは好きだっただろうかと心配だったが、一生懸命飲んでいるところを見ると気に入ってくれたらしい。私も彼と同じように冷ましてから一口ミルクを口に含むと、甘い味とあたたかさが一気に広がった。
外からは相変わらずザァザァと雨の降る音が聞こえてくる。私の家には小さい子の遊ぶおもちゃなどなくてつまらないだろう。いつもだったら近所の公園に連れていったり、飽きないようにスーパーまで一緒にお遣いに行ったり、ビデオを借りに行ったりするのだけれど、さすがにこの雨では三郎くんを連れて外へ出るのはためらってしまう。下手に風邪を引かせてはいけないし。
退屈してたらかわいそうだなぁと思いながら横目で様子を窺うと、彼は床に散らばったジグソーパズルのピースをじっと見つめていた。そしておもむろに手を伸ばすとひとつのピースを拾って嵌めこむ。ひとつ嵌めこむと満足したかのように手を引っ込めて再び先程と同じように両手でマグカップを抱えた。
「ジグソーパズル楽しい?」
「楽しい。好き」
私に気を遣ってくれたふうではなく、本当に楽しそうに言うその姿がとてもかわいらしかった。私は手を伸ばしてマグカップをテーブルの上に置く。
「三郎くんっ!」
そう言って抱きつくと彼は「わあ!」と驚いた声を上げる。ミルクを零さないようにマグカップだけは死守したようだ。
「三郎くんはあったかいねー」
小さい子どもはどうしてこんなにあったかいのだろう。くっついているとぬくぬくしてとても安心する。ぎゅうぎゅうと抱きしめていると最初は抵抗していた彼も諦めたかのようにおとなしくなった。そのことに私は少しだけ機嫌を良くする。
「明日は晴れてあったかくなるといいなぁ」
「うん」
私が独り言のように言うと三郎くんが返事をしてくれた。ただそれだけのことが嬉しく感じて私はさらに腕に力を込めた。彼がずずずとミルクをすする音がした。
ホットミルク