目の前に突然雷蔵が現れた。私は学園の真ん中にいたけれども、運の良いことに近くに人の姿もない。これはチャンスだ。

『雷蔵、あなたのことが好きです!』
『えっ! ありがとう。でもごめん。君のことは友達以上に見ることが出来ないんだ』
『即答!?』

 こんなふうにその場できっぱりはっきり断られるとは想像していなかった。雷蔵を悩ませてしまうのではないかとは思っていたけれど、一秒たりとも可能性を考えてもらえないなんてことは。

『これからも友達でいてね』
『待って、雷蔵! 待って――』

 闇に消えてしまう彼の姿を追いかける。足がもつれて全然追いつけない。


「はっ――!?」

 がばりと上半身を起こすと、そこは見慣れた自室だった。

「ゆ、夢……」

 まだ心臓がバクバクいっている。目が覚めてよく考えれば急に雷蔵が現れたり、周りに全く人がいなくなったりおかしなところは沢山あった。けれども妙な現実味もあって、夢から覚めた今でも本当に夢だったのかと疑ってしまう。いつの間にかかいていた冷や汗が、つっと背中を流れた。時はそろそろ夜明けという頃だろうか。どうせもう眠れそうもない。顔を洗って起きてしまおうと、隣に眠る級友を起こさないようにそっと布団から抜け出した。


 顔を洗い、いつもの忍び装束に身を包む。せっかくだから授業が始まるまで鍛錬でもするかと足を向ける。きっと鍛錬に集中すれば今朝の夢も忘れられるだろう。
 まだ早い時間がからか、今日は珍しく学園内が静かだった。しんと冷えた空気の中、歩いていくとよく知った顔が前からやってきた。

「雷蔵!」

 嫌な夢が一瞬頭をよぎったけれども、好きな人の姿を見かけて声を掛けないという選択肢はなかった。
 彼は私の声に振り向き、姿を見とめるとにこりと笑顔を見せてくれた。それだけで私の頭の片隅にあった悪夢はどこかへ飛んでいってしまう。

「こんなところで会うなんて奇遇だね。まだ夜が明けたばかりだよ」
「雷蔵は実習帰り?」
「まあね」

 彼の服は少し汚れていて、表情にも少し疲れが見える。実力のある彼でも大変な課題だったのかもしれない。あまり引き留めない方がいいだろう――そう思ったのに。

「ちょっと顔色が悪いね。あまり眠れなかった?」

 そう言って彼の両手が私の頬を挟む。その手のあたたかさに心臓が早鐘のように脈打つ。何とか息を吸って吐くと、平静を装ったいつも通りの声が出た。

「雷蔵、これでも私は忍術学園の生徒よ?」
「そうだったね」

 そう言って彼が笑う。これくらい慣れっこだ。それは今実習から帰ってきた彼もよく知っているはず。

「でも心配くらいはさせて」

 真剣な瞳がこちらを覗く。やさしい人だ。この人のやさしさが私だけのものだったら良いのにと強く思う。
 彼の手に自分の手のひらを重ねた。

「あのね、雷蔵――」

 夢の内容なんて関係ない。これで彼の心がこちらに向いていないなんて嘘だ。仮に向いていないのだとしても振り向かせるまで。ほんの一欠片くらいの好意はあるだろうから。

2025.03.08