昼食後におまんじゅうを食べていると後ろから声がかかった。その声に私の心臓は不自然に動き出す。ドキドキいってしまって、おかしい。鉢屋先輩が言っていることはいつもと同じ嫌味ったらしいことなのに。
「またそんな甘いもの食べてるのか?太るぞ」
「うるさいです!」
いつものようにとりあえず反撃する。でも、何故だか分からないけれど鉢屋先輩の声を聞くだけで心臓がうるさくなる。それ以上の言葉が出てこない。この場にいられなくなる。
「ね、もう行こう。次実技だから早く行かなきゃ遅れちゃう」
そう言って友達の手首を掴んで急かすようにして席を立つ。鉢屋先輩の方をなるべく見ないように、鉢屋先輩に顔を見られないように、俯き加減ですぐ横を通り過ぎた。
「なんだ、あれ」
と鉢屋先輩が呟くのが聞こえた。少し感じが悪かっただろうか。本当はまだ授業が始まるまで時間に余裕がある。今まで鉢屋先輩と話していて私から話を切り上げるなんてこと今までなかったから不審に思われるかもしれない。でもこれくらい普通だろう。一度くらいこういうことがある日だってあるだろう。きっと鉢屋先輩も納得するはずだ。
その日の放課後も一度鉢屋先輩の姿を見かけたが、向こうに気付かれる前に長屋に戻った。それから食事の時間も微妙にずらして顔を合わせずすむようにした。
「、鉢屋先輩とケンカでもしたの?」
友人にはそう心配された。ケンカと言うのならいつも言い合いをしていると思ったけれど、彼女がそんなことを言っているわけではないことは分かっていたから口には出さなかった。
「何で?そんなことないよ」
そう笑ってはぐらかす。嘘じゃない。私が勝手に会いたくないと思っているだけだ。けれどもそれを口に出すことは出来なかった。
そこで委員会があるという友人と別れた。ひとりでどこへ行こうかなと考えながらとりあえずふらふら歩いていると声が聞こえた。誰かが怒っている声。そちらを見ると、くのたまの先輩が誰かを追いかけていた。その先に走っているのは、鉢屋せんぱい?
「鉢屋三郎、今日こそ逃さないんだから!」
「ハッ、捕まえられるもんならやってみな」
嫌だ、と思ってしまった。そうやって鉢屋先輩を追いかけないで。
彼女は鉢屋先輩に一体何をされたのだろう。犬の顔で驚かされた?先生の姿で怒られた?自分の顔を勝手に拝借された?おかずをとられた?おやつを横取りされた?それらは全部私がやられたことだ。鉢屋先輩がいたずらを仕掛けるのは私だけじゃないと知っていたはずなのに、私は何を勘違いしていたんだろう。
もうこれ以上この場にいられなくて、くるりと方向転換する。もう今日は長屋に帰っておとなしく勉強していよう。そう思いながら別の道を歩いてくのたま長屋を目指す。
「こんなところにいるなんて珍しいな。どうしたんだ」
ハッと振り向くとそこには竹谷先輩がいた。一瞬鉢屋先輩じゃないかと思って心臓が飛び上がった。そういえばここは飼育小屋が近かったっけなどと考えていると、ペリペリとその下から見慣れた顔が現れた。鉢屋先輩のお馴染みの表情。ほら、やっぱり私の直感は正しかった。
「また道に迷ったのか?お前この学年に何年間いるんだ?」
と鉢屋先輩がいつもの調子で話しかけてくる。でも、これは私に限ったことじゃないんだ。
「あの、私先生に呼び出されているんで。それじゃあ」
それだけを早口で言うと私はそのまま駆け出した。鉢屋先輩が虚を突かれたような声で「あ、おい、」と私を呼び止める声がしたけれども、どうせ鉢屋先輩が私に何か重要な用件を持っているわけがないので、無視してそのまま走り去る。心臓がバクバクと盛大な音を立てて全身に血を送り出している。ああ、もうきっと私は鉢屋先輩に対して今までのようには
接することが出来ない。