久々に休日に町へ行って買い物をしていた。新しいかんざしがほしいなーと思いながら見ていると「あれ?」と聞きなれすぎた声がした。
「お前こんなところで何してんだ?」
「げっ、鉢屋先輩」
思わず声を上げてしまうと案の定鉢屋先輩が「『げっ』とは何だよ。仮にも先輩に対して失礼なんじゃねーの」と絡んできた。休日まで鉢屋先輩に会うなんてついていない。本当に神出鬼没な人だと思った。
「何、お前そのかんざし買うつもりなの?」
「そうですけど…」
鉢屋先輩が私の手元を見ながら言う。
「そのかんざし、お前には大人っぽすぎるだろ。お前みたいなちんちくりんに似合うわけがない。買われたかんざしが可哀想だな」
「ひっどい!確かにこのかんざしはちょっと大人っぽいと思いますけど…」
確かに今私が手に握っているものは少し背伸びしたものだった。いつも買うようなかんざしよりもちょっと落ち着いたお姉さん風のもの。普段とは雰囲気を変えるつもりで選んだものだったので、自分にはあまり似合わないんじゃないかと不安に思ってもいたので、少し傷つく。いや、でも鉢屋先輩のは言いすぎだろう。
「私だってちゃんと化粧して落ち着いた柄の着物着れば!」
「お前にはこっちの方が似合うんじゃねーの」
そう言って鉢屋先輩はひとつの商品に目をつけた。嫌味ったらしく子どもっぽいものを差し出してくるものだと思って身構えると、意外にも鉢屋先輩の手には普通のかんざしが握られていた。
「わぁ、かわいい」
思わずそう呟いてしまっていた。普通と言うよりも、むしろ品が良くて私好みのものだった。
「どうだ、気に入ったか?」
と鉢屋先輩が問うので私はこくこくと首を縦に振った。悔しいけれど、これはかわいい。私の好みどんぴしゃりだった。鉢屋先輩はふふんと満足気に笑うと
「これいくら?」
と奥にいた店の店主に聞いてその値段を置くととっとと店を出てしまった。鉢屋先輩のあまりにも素早い行動に訳が分からずポカンとしていると、連れ立って入ったわけでもないのに「何してんだよ、置いてくぞ」と言われてしまい私は訳が分からないままつい条件反射で鉢屋先輩のあとを追ってしまった。もうとっくに先を歩いてしまっていると思っていたのに、意外にも鉢屋先輩は店の外で私を待っていた。
「ほらよ」
そう言ってぶっきらぼうに差し出されたのはさっきのかんざしだった。
「え、何ですか、これ」
「だから、やるっての」
「…なんの陰謀ですか?」
訳が分からないものの差し出されたまま受け取りながらも身構える。「何で鉢屋先輩が私に…」絶対これは何か裏があるに違いない。
「あのなぁ!男女でこういう店入って一緒に選んで、それで女に金払わせるわけにはいかないだろ。俺の体面考えろ」
「でもそういうのって普通恋人同士の場合じゃないですか?だから別に、」
「そんなの周りには分かんねーだろうが」
そういうものなのだろうか。私にはよく分からなかったが、きっと鉢屋先輩のプライド的にあの場でお金を払わないわけにはいかなかったのだろう。
「じゃあ学園に戻ったらお金渡しますね」
「いらねーよ」
「でも、」
「うるさい、黙って受け取っとけ」
そこまで言われてしまっては受け取らないわけにはいかなかった。しぶしぶ突き出した手を引っ込める。
「あ、あとからやっぱり金払えとか言ってももう払いませんからね。倍の金額を要求したりしないでくださいよ」
「俺はそんなドケチじゃねーよ」
「これで恩売ったとか、」
「言わねーから」
怪しいと思って鉢屋先輩の顔を覗きこんで注意深く観察するけれども、私がしつこく聞いたせいで少しイライラしているだけでその表情は普段と同じに見えた。もっとも変装名人と呼ばれる鉢屋先輩のことだから感情を表に出さないことぐらい朝飯前だろう。やっぱり私には鉢屋先輩が何を考えているかなんて分からない。
「じゃあ、ありがたくいただきます。ありがとうございます」
これ以上詮索したらこの場でイラついた鉢屋先輩に何されるか分かったもんじゃなかったので素直にお礼を言っておく。手に握ったかんざしは改めてみても私の好みにぴったりなかわいらしいもので自然と笑みが零れてしまった。
「えへへ」
「…何だよ」
「いや、いいかんざしだなぁと思って」
「俺が選んだんだから当然だろ」
そう言って鉢屋先輩はずんずん先を歩いていってしまう。
「ほら、お前の足だとそろそろ帰らないと日暮れに間に合わないぞ」
「お前はとろいんだから」と余計な一言が付いてきてカチンときたが、私はそれを堪えて、ふふんと余裕の笑みを浮かべてみせた。
「今日はいいものが手に入ったので許してあげます」
上機嫌でそう言うと脳天にチョップを食らった。「いったー」と思わず頭を押さえてしゃがみ込む。
「人から物をもらっといていい態度じゃねーか」
「ひっどい、恩を売らないって言ったじゃないですか!」
「だからって調子乗っていいとは言ってない」
「調子乗ってなんかないですー」
何だかんだ言って鉢屋先輩と一緒にいるのはなかなか悪くないと学園へと帰る道を
歩きながら思った。