「おばちゃん、B定食まだ残ってますかー?」
「残ってるわよ。良かったわね、最後の一つだよ」
「じゃあ、びー」
「おばちゃん、俺B定食な」

私がB定食を頼もうとするとそれに被せるかのように同じB定食を頼む声が聞こえてきた。否、わざと被せてきたのだ。断言できる。何故ならそれは聞き慣れてしまった人の声だったからだ。

「鉢屋先輩っ!」
「あ?ああ、お前か。いたのか。悪い小さすぎて見えなかった」
「ひどいです、今私がまさにB定食を頼もうとしていたのに!」
「そうなのか、じゃあ頼めば?」
「最後のひとつなんです!どうせ鉢屋先輩も聞いていたでしょう?!」
「そうなのか?残念だったな」

そう言って鉢屋先輩はおばちゃんが出してくれた最後のひとつのB定食を当然のように受け取って行ってしまった。弱肉強食という言葉を思い出した。人気メニューは早い者勝ちなのだ。

「それでちゃんは何を食べるんだい?」
「…A定食で」

おばちゃんに聞かれ、私はしぶしぶA定食を頼むとあっという間においしそうなご飯が出てきた。おいしそう、だけれども私はB定食が食べたかったのに、と恨めしく思った。今日のB定食には私の好きなおかずが入っていたのに。

「さいあくだ…」

とは言っても、いつまでも落ち込んでいても仕方ないのでさっさと席に着いてお昼を済ませてしまおうと食堂を見回すとあいにく混雑していて空いている席はわずかしかなかった。さてどこに座ろう、と悩んでいると、とある人と目が合った。先程私からB定食を奪った人物と同じ顔。けれどもその人物はにっこりと私に手を振ってきたから、不破先輩なのだと分かった。隣には飄々とした表情で私のものになるはずだったB定食を食べている鉢屋先輩がいるから間違いない。よく見ると不破先輩の正面の席が空いている。そちらに行こうか一瞬悩んだけれど、不破先輩が手招きしたので、私はそちらにお邪魔することにした。

「こんにちは、ちゃん」
「こんにちは、先輩。ここ座ってもいいですか?」

その場にいる複数の"先輩"に声を掛ける形を取りながらも、鉢屋先輩の方は絶対に向かないようにして席に座る。

ちゃんがこの時間に昼食なんて珍しいね」
「友達とのお喋りに熱中しちゃって。こんなギリギリになってしまいました」

私は誤魔化すようにして笑った。ちなみにそのお喋りの相手の友人は私と廊下で会って喋り始めたときにはすでにお昼ご飯を食べたあとだったらしい。それを知らず、このまま一緒にお昼食べればいいやとずるずる話し込んだ結果、私だけがこの時間にひとりで食堂に来ることになったのだった。出遅れた時間だった。

ちゃんはA定食なんだね」
「まぁ、そうです」

不破先輩は先程の私と鉢屋先輩のやりとりは見ていなかったのだろう、そう笑顔で聞いてきた。私はそれに対してにこやかに答えられるほど大人ではなかった。いくら不破先輩は無関係とは言え、私がA定食を食べなければならなくなった原因がその隣に座っているのだ。悠々とご飯を口へ運ぶ鉢屋先輩を非難するような目で見たけれども、それでも彼はなお私の視線に気付かないふりしてご飯を食べ続けている。悔しいけれど、優秀だと言われる鉢屋先輩が私ごときの視線ひとつ気付かないわけがないのだ。だから私の視線など取るに足らず、と無視されているのに決まっている。

「B定食にしちゃったけど、A定食もおいしそうだったな」

私の不機嫌そうな声など気にする様子もなく不破先輩は柔らかく会話を続ける。だから私も斜め前の人物のことは一旦忘れることにして、不破先輩に向き直った。

「その煮物とか」
「あ、不破先輩良かったら、ど」

どうぞ、と言い切る前に私の音は途切れた。何故ならば斜め前から箸が伸びてきて、すっと私の煮物をかっぱらっていったのだ。私の斜め前に座っているのは誰か。考えるまでもない。

「はっちやせんぱい!」
「なんだ」
「私からB定食を奪い取っただけでは飽き足らず、さらには煮物まで!」
「仕方ねーな。そんなに言うなら俺の魚やるよ」
「そんなこと言ってもう骨しか残ってないじゃないですか!」

私は鉢屋先輩の膳をちらりと見やる。魚だけでなくもうほとんどが食べ尽くされてしまっていた。なんて食べるのが早いんだろう。

「…その豆腐をください」
「ヤダ」

即答である。それが私の最大の譲歩だったのに。特別豆腐が食べたかったわけではないが、鉢屋先輩が手を付けていないものがそれしかなかったからだ。私が一番楽しみにしていた魚はもう既に骨だけである。だからといって何も要求しないのでは腹の虫が治まらなかったので豆腐を指名したにすぎなかったが、それでも即答で断られて、さらにそれを目の前でさもおいしそうに食べられると悔しい。

「本当お前は食い意地が張ってんな」

そう言って鉢屋先輩はニタニタと意地悪く笑う。鉢屋先輩にはこういう意地の悪い顔がよく似合う。内面の性格の悪さがよく滲み出た笑みだと思う。不破先輩とは大違いだ。こちらは内面から滲み出る優しさがそのまま表に表れたような笑顔なのに。同じ顔をしているとはいってもこうも大きく違うのかと感心するばかりである。

「私の定食を横取りする鉢屋先輩には言われたくないです!」
「ゴチソウサマ」

私が声を上げるのと同時に鉢屋先輩はわざわざ手を合わせて嫌味ったらしく言って席を立った。不破先輩もそんな鉢屋先輩を見て少し苦笑しながらそれに続いて立ち上がる。

「え、ちょっと、」
「ごめんね、僕達そろそろ次の授業の準備があるから。またね」
「あ、はい。さようなら」

ほぼ反射で不破先輩にそう返す。ああ、行ってしまうのかと思った。何だか拍子抜けだ。私はふたりの先輩のよく似た後ろ姿をしばらくぼーっと見ていたが彼らが食堂を出て姿が見えなくなったところで視線を食膳に戻した。私は最初より随分減った煮物を釈然としない思いで見つめながら、ご飯を口に運ぶ。 ご飯は少し冷めてしまっていた。