蝉は違和感を感じていた。以前よりも鳴く声に力が出なかった。どんなに頑張っても途中で声が途切れてしまう。まるであの少年の不調が映ってしまったようだと蝉は思った。少年に元気が戻らないから自分もそれが気がかりで移ってしまったのだと推測した。少年が元の笑顔を見せればきっと自分も以前のように鳴くことが出来る。それならば少年に一刻も早く元に戻ってもらわなければならないと蝉は思った。

「もー、ちゃんと仲直りしてくださいよ!」
「おう、大丈夫だ。任せとけって!じゃあな虎若!」

今日姿を見せた少年はにこにこといつもの明るい笑顔を見せていたから蝉は安心した。もうひとり随分と小さい男の子と笑い合っていて、蝉は少年がもう元気になったのだと思った。

小さい男の子が見えなくなるまで少年は手を振っていた。少年はぱたりと力なく手を下ろし、こちらへ振り向いたときは先ほどの明るい雰囲気は消え去っていた。無表情のままつかつかといつもの木の根元まで歩いてくると、いきなりごろんとその場に横になり、四肢を投げ出した。

「後輩にまで心配されるなんて、俺らしくねー!」

蝉はその大きな声に驚き、鳴くのをやめた。その声は蝉のものよりも随分と大きいものだった。蝉は自分よりも大きく鳴くものがいるとは思っていなかった。

「うじうじ悩んでるなんて俺らしくねぇ!」

もう一度そう叫ぶと少年は以前そうしたように腕で目を覆って表情を隠した。蝉はそんな少年の姿を注意深く観察した。

「本当に好きなんだ。ふわりとやわらかく笑う顔とか、竹谷くんって控えめに俺の名前を呼ぶ声とか、ちまちまと俺のあと付いてくる歩き方とか」

絞り出すような声で少年は言う。けれども蝉にはその声色の意味するところも、少年が語るその人物像を思い描くことも出来なかった。

「よし、決めた。言う。明日言う」

そう言って起き上がった少年の顔は本来の晴れやかなものだった。蝉にはこの短時間の間に少年に何が起こったのか分からなかったが、少年がこうして元に戻ってくれたのならそれだけで満足だった。眉間に皺を寄せているよりも太陽のように笑う少年の方が蝉は好きだった。

しかし蝉は気が付かなかった。少年がいつもの晴れやかな笑顔を見せても自分の声に以前のような覇気が戻ることはなかったことに。