その日現れた少年の表情は今まで蝉の見たことのないものだった。眉間に皺を寄せ、下を向いて歩いていた。蝉が今まで少年と過ごした時間は決して長いものではなく、その間に垣間見た表情も多いものではなかったが、どの表情もここまで暗いものはなかった。

「はぁ……」

と少年が溜息を吐いて木の下に腰を下ろす。だらりと力なく手足を投げ出している。まるで覇気のない少年の様子を蝉は不審に思った。昨日も様子がおかしかったが今日はそれ以上である。

蝉はいつもの少年に戻ってほしいと願ったが、昨日出来なかったことが今日出来るようになるはずもなく、ただ今日も鳴き続けることしか出来なかった。

蝉はもし自分が人間だったなら、こうしたとき少年の力になることが出来ただろうかと空想する。もし自分が言葉を喋れたなら少年はもっと胸のうちを話してくれただろうか。少年が何に悩んでいるかを知り、なんとか力になってやることが出来ただろうか。昨日ここへ来た三郎と呼ばれていた少年にだったらそれが出来たのだろうか。しかし、無知である蝉にはその判断がつかなかった。

蝉がそんな風に思い鳴いていることなど知るよしもない少年は暗い表情を変えることはなかった。

「もう完全に嫌われたかも」

蝉は人間の世界についての知識などないに等しかったが、それが少年につらい事実であることだけは伝わってきた。

少年は以前のように蝉に話しかけることはしない。まるで蝉の存在を忘れてしまったかのようだった。蝉はいつにも増して大きな声で鳴いているというのに、その存在は一向に認知される気配はなかった。

少年は表情を変えることのないままその日は日が暮れるまでそこに四肢を投げ出していた。蝉は何も出来ない無力なただの一匹の蝉であった。