蝉の止まる木の下に青紫の装束を身にまとう少年がごろんと横になっている。その光景が日常となり始めていた。蝉は相変わらず鳴き続けていたが、それでも少年は蝉の声を鬱陶しがる素振りは一度も見せなかった。蝉はそれに安心して少年が寝ていても遠慮なく鳴くことが出来た。

「お前ずっとここにいるんだな」

本当にここで俺が飼ってるみたいだな、と少年はしみじみと言った。しみじみと言ってごろんと転がり、蝉がいる幹をしっかりと捕らえる。蝉はどうしてこの少年は自分がいる場所がはっきりと分かるのだろうと不思議でならなかった。もし、自分がこの木から離れてもこの少年は見つけ出してくれるんじゃないかと蝉は錯覚しそうになる。

「委員会で買ってる虫たちみたいにお前にも何か名前付けるか。何がいいかな」

そう言って少年は頭を捻って考え始めた。「折角だから良い名前付けてやりてぇけど、俺こういうの苦手なんだよなぁ」と苦笑しながら。それでも少年は考えるのをやめはしなかった。

少年が悩んでいる間、蝉はまたその委員会で飼われているという虫たちについて思いを馳せた。そこでは一匹一匹に個々を区別するための名前というものが付けられているらしい。蝉は今までただの蝉であり、他の同じ生き物と出会うこともなければ、個々を区別するための記号など必要なかった。蝉は蝉であった。けれども人間はやたらと名前というものを付けたがるらしかった。

「良い名前、良い名前…。なんてどうだ?」

そう言って少年はいつもの眩しい笑顔を蝉に向ける。どうだと言われてもその名が良いものか悪いものかなど蝉には判断出来るはずがなかったが、彼が言うのならば良いのではないかと思えた。

「なんてな、さすがにこの名前は怒られるよな」

少年は頭を掻き「やっぱり今のはナシな!」と言ったが、そのあと代わりとなる蝉の名を言わなかった。その後その名で蝉を呼ぶこともなかったが、この瞬間から蝉はただの蝉から名を持つ蝉になった。

少年が発音したように蝉は「」と自分に一度付けられた名前を呟こうとしたが、ジジジといつもと同じ音が出ただけだった。