「お前今日もこの場所にいたのか」
蝉が鳴いていると昨日と同じくらいの時間帯にその声が聞こえた。それは昨日蝉に語りかけた少年と同じものだった。蝉は鳴くのをやめた。
「ここ俺の特等席だったんだけどなぁ」
と苦笑した声で言い、ボリボリと頭を掻く姿が見えた。少年のぼさぼさ頭が余計乱れた。
「いつも委員会が終わったらこの木の下で休憩してから長屋に帰るんだ。ここ、人通りも少ないからひと眠りするのに丁度良かったんだけどな。仕方ない、今度からここは俺とお前のふたりの場所だ」
そう言って少年は昨日と同じ明るい笑顔を蝉に向けた。こうして蝉はひとりの少年によって居場所を確保した。この樹木が蝉の居場所となった。昨日少年が言っていたが、この木は立派で居心地も良いものらしい。蝉はこの場所から移動する気はなくなった。
「俺生物委員で虫とかの世話してるんだ。でも蝉は飼ったことねぇなぁ。まぁでも虫も自由にのびのびと暮らしてた方が幸せだよな。お前みたいに」
蝉は人間に飼われるということを経験したことなどなかったのでよく分からなかったが、この少年の下でならその生活も案外悪くないのではないかと思った。少年の語る声からはその虫たちに対する愛情が伝わってきた。それに気付いたとき蝉は少しだけ、その飼われているという虫たちがうらやましくなった。ジジジと蝉は鳴く。
「本当は虫たちも広い世界に出たいんだろうな。よく脱走するってことはそういうことだ。脱走されたら俺たちは虫を追いかけて捕まえなきゃなんねぇ。けど脱走して少しでも外の世界を満喫してくれれば良いんだけどな。そうしたら俺らも徹夜で虫捜索する甲斐もあるってもんだ」
そう言って少年は木に背中を預けて、目を閉じた。今日もその徹夜明けだったのだろうか。よく見れば少年の顔はどこかくたびれ、目の下にはうっすら隈があるように思われた。蝉は少年の眠りを妨げないよう、注意深く小さく鳴いた。少年は小さく身じろぎした
だけだった。