それは小さな一言で決壊してしまった。
走りながら、そういえば俺からに会いに行ったことなんて一度もなかったなぁと思った。当然恋人同士でもないのだから俺から会いに行く理由なんてないのだけれども。俺はのことを知らなすぎて、あいつが普段どこで何しているのか皆目検討もつかなかった。
「あいつ、どこ行ったんだよ…っ!」
いつもばかみたいにポジティブなくせにどうしてあんなことぐらいで泣き出すんだよ。俺のこんな態度は今に始まったことじゃないのに。どうして俺の前からいなくなるんだよ!せめて俺のいるところで泣いてくれ。そうじゃないと俺はに謝ることすら出来やしない。を慰めることすら出来やしない。には笑っていてほしい。笑顔じゃないなんてじゃない。いつもの元気はどこ行ったんだよ。
やっぱり今日のはどこかおかしかったのだと思う。
何かあったのだろうか。何もなくても調子の出ない日は誰にでもあると思うけれども、何か違うと気付いた俺はもっとを気にかけてやるべきだったのだと思う。俺はの人一倍前向きなところに甘えていた。これくらい大丈夫だろうと思っていたのだ。にはいつでも笑っていてほしい。
出来れば俺が笑顔をあげたい、と思っていることに気付いた。
そうして廊下を当てもなく走っているとひとつの部屋の襖が少し開いているのが目に付いた。この教室は滅多に使わない空き教室だったはずだ。もしかして、と思ってその中を覗く。
「?」
俺は結局わがままなのだ。
「か…っ、尾浜くん何で…」
予想した通りそこにがいた。もしいなかったらどうしようかと思った。けれどは先程よりも赤くなっていた。やはり泣いていたのだ。いつもみたいに『勘ちゃん』と呼びかけたのに言い直されて俺は少し傷付く。
「ごめん」
「なんで、尾浜くんが謝るの?」
「何となく。ごめん」
理由もはっきりしないのに謝るのは逃げだ。謝るから無条件で許してくれと言っているようなものだ。俯いて俺の視線から逃げようとするは俯いたままだ。
「私こそごめんね。明らかに迷惑掛けといて優しくしないでなんて、わがままにもほどがあるよね」
そこでようやくは顔を上げた。「なんかいっぱいいっぱいで、ヒステリックになっちゃったみたい」そう言っては笑ったけれども、俺が知っているの笑顔とは懸け離れていた。
「無理してたの?」
俺といるのつらかったの?そういう意味で聞いたのだけれど、の答えは俺が問うた意味とはずれていた。
「私みたいな平凡な容姿の平凡な女の子はこれくらいしないと尾浜くんに覚えてもらえないから…」
はぽつぽつと言葉を落とす。
「尾浜くんのタイプはおしとやかな子だって知ってたけど、ただおとなしくしてたんじゃ尾浜くんが私を好きになってくれる訳がなくて」
くの一教室におしとやかでかわいい子なんていっぱいいるしね、とは笑ってみせた。顔を上げた頬は日を浴びてキラキラと涙が光って見えた。
「私一年前に尾浜くんに告白してるんだよ?覚えてないでしょ」
「手紙でだけど」とは付け足した。俺には全く覚えがなかった。だからは最初名前を言うことを渋っていたのかとぼんやり思った。もし俺がその名前を覚えていたら気まずいから。まぁ実際は完全に忘れていたわけなんだけど。
けれどもこれで謎が解けた。俺はずっといつ何をきっかけにしてに惚れられたのか不思議に思っていたのだ。一目惚れするにしては忍術学園に入学して五年目は今さらすぎる。でも本当はは突然俺に惚れたわけではなかったらしい。「ずっとずっと尾浜くんのことを見ていたの」
「私、勘ちゃんのことが好き。大好き」
好きなの。とは繰り返した。その言葉がじわじわと現実感を伴って俺に染み渡る。気が付いたらを抱き締めていた。少し力が強すぎたのかが息を詰めたのが分かった。
「お、尾浜くん…!」
「勘ちゃんって呼んでいいよ」
いつだか曖昧に濁した返事を今さら返す。
「でも、」
「俺が呼んでほしいの。ダメ?」
「ダメ、じゃない…」
「良かった」
俺が安堵して表情をゆるませると、もへにゃりと笑った。あ、その顔好きだなぁ。そんなことを自然と思う俺は一体どうしてしまったのだろう。
「あー、俺まんまとの術にかかっちゃったみたい」
そう言ってをぎゅっと抱き締める力を強めた。今の俺の顔はきっと相当情けないものだろう。もちろんは俺を色の術にかけるつもりなど全くなかったのだろうけど。これは完全に俺の負けだ。
「俺ものことが好きだよ」
耳元で囁けばへにゃへにゃとの体の力が抜けた。「本当…?」とはおそるおそる尋ねるから俺はなるべく優しく聞こえるように「ほんとう」と答えた。俺が深く頷くとは「夢みたい」と小さく呟いてまた一粒涙を零した。
「また泣くの?」
「ちが…、今度はうれしくて。頑張って良かった」
頬に流れる一筋の涙を親指で拭ってやるとはやっと笑顔を見せた。いつもの笑顔だ。やっぱりはこうじゃなきゃ俺が落ち着かない。
「戻ろうか」
そう言って手を差し出すと今度は迷わず手を取ってくれた。そんな小さなことに俺は満足している。帰ったらあいつらに散々言われることを覚悟しながら俺はの手を引きながら食堂へ続く廊下を歩いた。ああ、の泣き顔をあいつらに見せるのは嫌だなぁと思ってを振り返って確認してみたが、涙はすっかり拭われていて、目と頬は少し赤いけれどもいつものだった。
「ただいま」
何食わぬ顔をして食堂へ戻ったのだけれどもあいつらは俺が後ろにをつれているのを見ると「おおー!」と歓声を上げた。好奇の目に堪えられなかったのかがきゅっと俺の服の裾を掴んで後ろに隠れるようにした。
「か、勘ちゃん…」
「え、何これ?それともっぽい何か?」
「随分顔が真っ赤だねぇ」
「おい、勘右衛門、ふたりっきりで何してきやがった!」
「あはは〜」
「何だその余裕は!」
説明するのが面倒くさくて笑って誤魔化すと八左ヱ門が突っかかってきた。そもそもハチが期待しているようなものは何もない。何もなかったけれど、言えるわけないじゃないか。
「が俺の彼女になっただけだよ」
なんて。(シンデレラガールの行方)