昼休みに前を歩く小さな背中に気付いたのはたまたまだった。そのとき俺がひとりで歩いていたのもたまたまだ。授業の終わったあと教師と少し話す用事があって兵助には先に食堂へ行ってもらったのだ。揺れる髪とちょこちょこ歩く後ろ姿に見覚えがあった。身長差からか、徐々に距離が縮まっていくけれどもあいつは気付く気配もなく、そうこうしている間に追いついてしまった。
「?」
名前を呼ぶとはハッと顔を上げてその瞳に俺を映した。「勘ちゃん、」といつものように俺の名前を呼んだけれど、心なしかその声には元気がないように思えた。
「どうかしたのか?」
「え、何でもないよ?」
反射的に聞いてしまったが、「勘ちゃんこそどうしたの?」とそう言って笑う顔はいつものと何ら変らないように見えた。
「いや、別に」
すべて俺の思い違いだったような気がして適当に濁す。余計なことを聞いてしまった。
「それより、早く食堂に行こうよ」
食堂に向かう廊下で勘ちゃんに会えるなんてラッキーだなぁと言いながらはすたすたと歩いていく。その姿に何か違和感を覚える。でもその違和感の正体は結局掴めなかった。
そのままのあとに続くように食堂に入るともうすでに多くの生徒がそこで昼食を取っていた。やっぱり兵助に先に行ってもらって正解だったと思った。
「勘右衛門、こっち」
そう声のする方を見ると兵助がこちらに向かって手を上げていた。そこにはろ組のやつらももう揃っていた。兵助が取ってくれた席に腰を下ろすと当然のようにも俺の隣に座った。
「勘右衛門と一緒だったの?」
「うん、廊下の途中で会って」
そんな会話が自然と交わされるほどは俺らに馴染んでしまっていた。皆がいることに慣れてしまっている。食事のときは何も言わなくてもが確保されている。いつもの光景だ。もいつものように皆と喋っているけれどもやっぱり何かが引っかかって仕方なかった。
「勘ちゃん、食べないの?」
気付かぬうちに箸が止まってしまっていたらしい。が俺を覗き込んでくる。「いや、食べるけど…」そう答えるもののが気になる。そんな俺を見ては何を思ったのか、
「はい、勘ちゃん。あーん」
そう言ってが箸を俺に向けた。いやいやこれはさすがに。見たくなかったが一応友人たちの表情を確認すると驚いたもの、にやついたもの、ショックを受けたもの、無表情とそれぞれだった。それぞれだったが皆俺の次の行動に注目している。俺が戸惑っているのが分かったのかは箸を少し下げて俺を見た。
「…私じゃ、いや?」
「そうじゃなくて、そういうのは恋人とか、好きな人にやるべきじゃないかな」
そう言った瞬間、しまったと思った。自分の過ちに気付いたわけではない。がその瞳からポロポロ涙を零していたからだ。が泣く理由は分からないけれど、きっと自分はとんでもないことをしてしまったのではないかと思っただけだ。
「勘ちゃんは、私が冗談でこんなことやってると思ってるの?」
みるみるうちにその目からポロポロと涙が零れていった。俺はそれをまるで映画でも観ているかのように眺めていた。目の前で何が起こっているのか理解出来なかった。
「私だって本当は皆の前でこんなことするの恥ずかしいよ。だけどこうでもしないと私なんかは勘ちゃんの視界に入らないから…」
ぽろぽろ。ポロポロ。今俺の目の前にいるのは本当にだろうか。
「勘ちゃんは優しくてモテるからっ、私も焦って、勇気をかき集めて頑張ってたのに、」
とは涙を必死で手で拭いながら言う。
「ご、ごめん…」
俺がを傷付けてしまったことははっきりしていて、落ちる涙を袖で拭おうとしたらパシンと振り払われた。今までのからは考えられない行動だった。
「迷惑だと思ってるならもう私に優しくしないで。誤解、しちゃうから」
こんなは知らない。それだけ言うとはくるりと俺に背を向けた。
「!」
「追ってきちゃダメ!」
ぴしゃりと言われて不覚にも俺は上げかけていた腰をそのままに固まってしまった。伸ばした手は何も掴めない。
「一応も恥ずかしいと思う心は持ってたんだな」
「いや、完全に頑張る方向性間違ってんだろ。完全に勇気の使い道間違ってんだろ」
「でも勘右衛門のあの言い方はかなり無神経だったよねー」
「が勘右衛門のこと好きなのは分かりきってるのにな」
後半の雷蔵と兵助の言葉がグサリグサリと俺に刺さる。を泣かせたのは事実なので何も言い返せない。どうして俺はこうなんだろう。
「何放心してんだよ」
「後悔してるならさっさと後追いかけたら?」
友人にそう背中を押されて俺は
ようやく動き出した。