勘ちゃん隣で食べてもいい?勘ちゃん勉強してるの?勘ちゃん、勘ちゃん…とは毎日俺のところへやってくる。やって来て、あるときはべらべらと今日あったことを俺に報告し、あるときは黙って俺の隣に座っていることもある。
そうやってはいつの間にか俺の日常に溶け込みつつあった。
いつも決まってやってくるからたまに来ないとどうしたのだろうとは思う。でもそれは気にするほどのことではないと言い聞かせる。
「今日は遅いな」
と隣に立っていた兵助がぽつりと呟いた。それはまさに俺が今考えていたことだったから思考を読まれたのかと一瞬ドキリとした。でもそれは俺に限った話ではなかったらしい。
「確かにいつもより遅いな」
「勘右衛門そわそわしてる?」
と雷蔵がからかうような口調で俺を覗き込んでくる。が現れてから皆新しいおもちゃを見つけたかのように楽しそうである。
「別に、心配なんかしなくても――」
「勘ちゃん!」
「ほらね」
来るよ、と言い切る前にの声が聞こえた。「勘ちゃんはのことなんだら何でも分かるんだなー」と三郎がにやにやと言う。結局三郎は俺がなんと言おうと揚げ足を取ってからかうのだからと無視することにした。ここで反論したって余計からかわれるだけだと俺はこの数週間で理解した。
「はい、今日の差し入れ」
「毎日ようやるなぁ。昨日は団子だったっけ?」
「、悪いんだけど俺そろそろ甘いもの飽きたかなーって」
「だと思って今日はおせんべいを焼いてきましたー!」
じゃじゃーんと効果音を付けてはお茶とお菓子を取り出した。「皆さんもどうぞ」と最近ではちゃっかり全員の分用意している。
「おいしい?」
「んー」
どちらとも付かない言葉を返す。言葉というよりこれはもう意味を持たないただの音だ。まずくはない。どちらかと言うとうまいと思う。そうするとこれは本当にが作ったものなのかどうか疑わしくなってくる。普通に売っているものと謙遜ない。
「食べてくれるってことはおいしいってことでいいんだよね!」
俺が何も言わなくてもは勝手に良い方に解釈する。嬉しそうに笑うを見てなんてポジティブな脳みその持ち主なんだろうと俺は感心する。俺がそんなことを考えているのも知らずにはにこにこと俺がせんべいを咀嚼するのを嬉しそうに見ている。
俺がズズズとお茶を啜ると「!」とを呼ぶ声がした。何だろうと思うとひとりのくのたまが必死でこちらへ駆けてきていた。
「ごめん、ちょっといい?助けてほしいことがあるの」
「あ、うん。それじゃあまたね。これ皆で食べていいから」
そう言ってはあっという間にそのくのたまに腕を引かれて連れて行かれた。はくのたまにもそこそこ人望があるということだろうか。忙しいやつだ。
「寂しいんだろー?」
俺がが去っていた方向をぼんやり眺めていたのを何を勘違いしたのか、八左ヱ門がまたにやにや笑いながら言う。
「そんなこと、あるわけないだろ」
平静を装えたと思う。三郎が「ほうほう」と嫌な笑みを浮かべていたけれども、声も上ずらなかったし、視線だって宙を彷徨っていたわけじゃないと思う。でもこれ以上三郎の視線に晒されていたら墓穴を掘ってしまいそうな気がしたから雷蔵が「でも、」と口を開いたのは嬉しかった。まぁそれもに関する話題だったわけだけれども。
「さん、本当にいい子だと思うよ?気利くよね」
「今日だっておせんべいだしなー」
「最初が俺らと一緒に昼食食べたときも、ちゃんと俺らの分の席まで取っといてくれたしな」
うんうんと皆頷いてから一斉にこちらを見る。な、何だよ、何が言いたいんだよ!
「勘右衛門、そろそろ素直になったらどうだ」
と三郎がやけに分かった顔で言う。
「お前らは実際被害にあってないから…」
「被害って…、勘右衛門は何も迷惑掛けられてないじゃない」
「そうだぞ!差し入れもらったりなんだり得することばっかじゃないか」
「うらやましい…、うらやましすぎる!」
最初に雷蔵が苦笑しながら言うと他のやつらまで「そうだそうだ」と同調した。え、何これ、俺が悪いの?いやいや、俺実際ストーカーまがいのことされてるよね。十分迷惑掛けられてると思うんですけど。
「でも、この間なんか部屋勝手に入られたし!」
「それは兵助がいたからだろ」
「豆腐くれた!」
「それ完全に兵助買収されてるだろ!」
豆腐くれたからはいいやつだと本気で言っている兵助は置いといて俺は「はぁ」と溜息を吐いた。部屋の襖を開けたら中に女子がちょこんと座っているあの心臓の悪さを皆体験すれば良いと思う。
「この前の休日なんか俺町行くって言ってるのについてきたし」
「え、何それデートじゃん」
「おい、聞いてねぇぞ!」
あ、しまった。余計なことまで言った。でも時既に遅し、だ。全員が好奇心で目を輝かせてこちらを見ている。
「…が勝手に後ついてきただけだよ」
「本当にそれだけかぁ?」
とハチが疑いの目を向けてくる。三郎も「一緒に町まで出掛けてそれだけの訳ないだろ!」と決め付ける。それだけの訳ないと言われても実際何もなかったのだから仕方ない。何も、なかったはずだ。手を繋いだりしたけれど、あれはそういう甘い雰囲気のものではなくて、迷子紐の代わりだ。はちょろちょろ動いて目が離せないから。それにだって平然としていたじゃないか。いつもなら『恋仲みたいだね!』とはしゃぎそうなものなのに。
「でも、勘右衛門ってさんのこと嫌いじゃないよね」
嫌いだったら途中で撒くことだって出来るわけだし、と雷蔵がいつもの穏やかな笑顔で言う。今日の雷蔵はやけにの肩を持つ。
その問いに対する答えを俺は持ち合わせていなかった。
嫌いじゃないと言えばじゃあ好きなのかという話になり、嫌いだと言えばあんなに尽くしてくれるが可哀想だという話になるだろう。嫌いでは、ない。ただ好きなのかと問われれば答えられない。
それだけだった。