「勘ちゃん、どこ行くのっ?」
「…」
もう後ろから声を掛けられるのには慣れてしまった。声も聞き分けられるようになった。それ以前に俺を『勘ちゃん』と呼ぶ人物はこの学園にひとりしかいないのだけれど。
「着替えて町にでも行くの?学園長のお使い?」
「いや、ただ気晴らしに出かけるだけ」
「じゃあ、私も一緒に行ってもいい?今日予定なくて暇なんだ。今すぐに準備してくるから、ちょっと待っててね!」
そう言うや否やはぴゅーっとあっという間に行ってしまった。何これ、俺どうすればいいの?待ってなきゃいけないの?でも良いとは返事してないし、先に行っちゃっても俺何も悪くないよな。なんてことを考えているうちには戻ってきた。
「案外早かったな…」
「勘ちゃんを待たせるわけには行かないので!」
すっごい急いで準備したんだよーと笑いながら言うけれども、きちんと髪まで結いなおしている。女の子って支度に時間がかかる生き物だと思っていたからこの速度は驚きだった。
「デートみたいだね!」
「…ただ町まで一緒に行くだけだろ」
それを世間ではデートと呼ぶんじゃないかと思ったけど、それは思考の外に追い出すことにした。それでも横を歩くは
「えへへ、嬉しいなぁ」
と本当にしあわせそうに呟くから、俺は何だかいけないものを見てしまったかのようにドキリとして目をそらした。それはのつい零してしまった本音のように思えた。本当に、ただ一緒に歩くだけなのに何がそんなに嬉しいのだろうか。腕を組んで歩くどころか、手を繋いで歩くわけでもない。傍から見たら兄妹のように見えるんじゃないかと思った。それでもはピョコピョコと跳ねるように俺についてくる。
あ、もしかして俺の歩くのが速いんじゃないか?
時々ピョコピョコと跳ねるように歩くのは俺に置いていかれそうだから、小走りになってるんじゃないかと今さら気が付いた。から、少しゆっくり歩いてやる。するとはそれに気が付いたようで、にっこり笑った。
「ありがとう、やっぱり勘ちゃんはやさしいね」
そしていらないことまで言う。本当にやさしかったら最初からゆっくり歩いている。それよりも女の扱いに慣れていないことを指摘されたようで恥ずかしい。もっとも、はそんなこと考えつきもしないだろうけど。
それから道中は楽しそうに俺に話しかけていた。の話から連想して俺の話をすると「うん、うん」と相槌を打って先を促す。そんな面白い話をしているわけではないのに、は楽しそうに笑う。「もっと勘ちゃんの話を聞きたい」乞われて俺は三郎のいたずらの話とか、兵助が豆腐ばっかり食って仕方ないこととかくだらないことを沢山話した。
そうしているうちに町まで着いた。いつもより道中が短かったような気がした。
「はどっか行きたいとことかある?」
暇だから町へ出て日用品を買い足そうと思ったのだけれど、特にどこへ行くと決めていたわけではなかった。ひとりでぶらぶらするつもりだったので何を買うなどもあまり考えていなかったのだ。一応の意見を聞こうと思って振り返った。
「え、あれ、?!」
けれどもそこにの姿はなかった。すぐ後ろを付いてきていると思ったのに、どこへ行ったんだ?まさかがいなくなるなんてこと考えもしなかった。あいつのことだから絶対俺から離れないと思っていたのだ。もしかしたら、誰かに攫われたんじゃ、と悪い方へと思考が流れていく。
「…!」
名前を呼んでも返事は返ってこない。さっきまで上機嫌で俺に話しかけていたのだから、そう遠くには言っていないはずだ。必死での後ろ姿を思い浮かべようとしたが、ダメだ。今日のの髪は休日用で、服もいつもの制服でなく可愛らしい柄の着物だった。いつものではなくて、今日のを思い浮かべなければならない。あまり覚えていなかったけれど、見れば分かるはずだ。
勝手にどっか行くなよ!
焦りばかりが募る。もっと遠くに行ってしまったのかと諦めかけたが、いた。何やら店の前に人だかりが出来ているその一番後ろにが背伸びしたりぴょんぴょん跳ねたりしながら人ごみの先を覗こうとしていた。近づいて「!」と呼ぶと「勘ちゃん?」とは振り返ってきょとんとした顔で俺の名を呼んだ。まったく、こっちの気も知らないで。
「勝手に、消えるなよ…!」
「え、あ、ごめん。人だかりがすごいから何だろうと思って」
そう言ってが指す方には確かに人だかりが出来ていた。「何だったの?」と聞くと「なんかカリスマ髪結いさんがいたみたい。よく見えなかったけど」と大して興味もなさそうに言う。頼むから急にいなくならないでくれ。
「町はやっぱり人が多いね」
また勘ちゃんを見失わないよう気をつけなきゃ、とまったく危機感のない声で言う。こいつは本当に反省しているのだろうかと心配になる。「ん、」と手をに差し出した。
「ほら、手!」
そう言ってもはきょとんとした顔で俺の手を見ているだけだ。意味が分かってないのだろうか。こんなところにいつまでも突っ立ってるわけにはいかないので、俺は無理矢理の手を取って握った。
「まったく、はぐれんなよなー」
本当におてんばな妹を持った気分だ。目が離せない。でも少しは反省したのか今は静かに俺のあとを付いてくる。こんな小さな体でそう何度もいなくなられては次こそは見つけられないかもしれないから、これは良いことだった。
「行きたいところある?」
「勘ちゃんと一緒ならどこでも」
先程聞きそびれたことを再度問えば答えとは言えない答えが返ってきた。それが一番困るんだよと思ったけれど、よく考えればは俺に付いてきただけであって何か用事があったわけじゃないのだ。行きたいところなど考えているはずもなかった。
「って甘いもの好きだっけ?」
「好きだよ?」
もう足は甘味屋へ向かっていたけれども、一応その声を確認して俺は甘味屋の暖簾をくぐった。いつも差し入れにお団子やら何やら作って持ってくるが甘いものが嫌いだとは思わなかった。
「どれでも好きなの選んでいいよ。奢る」
「え、でも、」
「いつもには色々もらってるから」
そう言ってもはまだ「でも」と渋る。こんなお団子一個奢ったところでそれ以上にから差し入れをもらっているのだから絶対に俺の方が得しているというのに。は妙なところで頑固だ。
「お嬢ちゃん、こういうときには素直に彼氏に奢ってもらっときな」
正直余計なことを、と思った。こんなことを言ったらがどれだけ調子に乗ることか。そう思いながら隣に座るをちらりと見ると、
「か、かれしじゃないです…」
意外なことには顔を真っ赤にして小さく俯いていた。絶対に『そうなんですよ』とか、少なくとも『そう見えますかー?』とかそういう調子乗った返事をすると思っていたから驚いた。
こいつ、こんな表情もするんだ。
が真っ赤になって喋れなくなってしまったので俺は店員に「団子ふたつ」と適当に頼んだ。は赤くなった顔を冷ますように手を頬に当てていた。こちらを見ようとしないので、俺はいい機会だとを観察した。いつもは目を見て話すから、俺は何となく居心地が悪くて視線を彷徨わせてしまうからあまりじっくりの姿を見たことはなかった。最初くらいだ。
「はは、」
あんな強引な女が恋仲に間違われたくらいでこんな風におとなしくなってしまうものなのかと思うと口から笑いが零れた。もしかしたらは不意打ちに弱いのかもしれない。
「何笑ってるの…」
とが俺を軽く睨む。ああ、
その表情も初めて見た。