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君は、自分が先に僕を好きになったと思い込んでるみたいだけど、本当は違うよ。僕の方が先に君を好きになったんだ。ただ、惚れたのはあのときじゃない。もっと前の話。 * その日僕は並盛町のはずれを歩いていた。この辺りの治安が少し悪くなっていると委員からの報告があったからだ。頭が悪くて柄の悪い奴らが大きい顔して歩いているらしい。ここは並盛のはずれだからって安心しているのだろうか。そこまで僕の目が届かないと?ここなら何をしても大丈夫だとでも?僕も舐められたものだ。ここが並盛の端だろうと何だろうと、ここは並盛に変わりないのに。これだから頭の悪い奴は嫌いだ。無駄なことをするなと言ってやりたい。 それにどちらかというとこのあたりは僕の家の近くで、むしろ全く安心できない場所であるはずなのにね。少し思い知らせてやらなくちゃ。そう思っていたのに、そういう日に限って奴らに出くわさない。昨日風紀委員の奴が見回りに来たから警戒したのだろうか?もっともあいつらにそんな脳みそがあるのだとしたら、の話だけれど。ああ、いっそ存在も消えてしまっていればいいのに。 「ぎゃあ!」 短い叫び声がして、思わずそちらを振り返ったら、女の子がひとり立っていた。というより立ち尽くしていた、と表現した方がしっくりくる。手にはそこが破けた紙袋、足元には散らばった教科書類。何が起こったかは一目見れば分かる。なんてことはない、教科書をたっぷり入れていた紙袋が破けて中身が道に落ちただけの話だ。単純明快。 顔を真っ赤にさせながら女の子が落ちた教科書を集め始める。あの制服は、東中か。この辺は町の境界線あたりだから東中の生徒もいるのだ。ここからだと、並中より東中の方が、若干近い。 コンクリートにページを広げた国語の教科書を拾い上げる。裏表紙に女の子っぽいまるっこい字でと書いてあった。 「あ、すみません」 彼女が顔を上げる。僕は「はい、」と教科書を渡す。「どうも、」と彼女が短くお礼を言って、他の落ちた教科書を拾い続ける。僕は足元を見下ろして、もう一冊拾い上げた。「ああ、本当にすみません!」こんなことするなんて僕らしくないな、と客観的に思った。親切にも、女の子が落とした教科書を拾ってあげるなんて。全くもって普段の僕なら考えられないことだ。たぶん、この子が紙袋の底が破ける、なんて古典的なことをするからだ。僕はきっとびっくりしていたんだ。もしくはこの子があまりにもドジだったから。 彼女は落ちた教科書を全て拾い、破れた紙袋をしばらく見詰めていたが、諦めたかのようにため息を吐いて、そのまま教科書を全部重ねて持ち上げた。それで持っていく気なの?大変そうだな僕には関係ないことだけど。僕はそのまま立ち去ろうと二、三歩歩いたところで「あの!」と彼女が呼び止める。僕は思わず足を止めてしまった。 「ありがとうございました」 そう言ってペコンと頭を下げる。そうして顔を上げて、にっこりと微笑んだ。ハッとした。その笑顔は人目を引くほどの美しいもの、というわけではなくありふれた笑顔だったけれども、僕はそれに惹きつけられた。それは僕の頭上で輝く太陽のように眩しくて温かいくて。何て言うのかな、心からの笑顔?そうして心からありがとう、と言っているのが分かった。定型文じゃない、言葉。 ありがとう、なんて言われるのなんて久しい。こんな風にお礼を言われたのは一体いつぶりだろう。いつも"すみません"と謝られることはあっても"ありがとう"なんて言われないから。"ありがとう"ってこんなものだっただろうか?もう忘れてしまった。こんな風に心地よい気分になるのも、随分と久しぶりのことだ。 「本当に助かりました。それじゃあ」 そのまま彼女は走っていってしまった。後ろ髪がぴょこぴょこ揺れてる。 高が教科書を二冊拾ってあげただけじゃないか。 そうして彼女もただ僕にお礼を言っただけじゃないか、と気付く。そうだ、お礼を言われただけだ。特別なことじゃない。 それなのに。それなのにどうして僕はこんなにも嬉しい気持ちになっているんだろう。彼女が笑顔で言ったからだろうか?彼女のあの笑顔がちらちらと浮かんでは消えた。 それがあの、2ヶ月前の話。僕はもしかしたらこの時君に惚れたのかもしれないね、 |