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並盛中が見えた。この道の反対側が並盛中。ひばりくん、まだ学校にいる、よね?さっきメールしたらそう帰ってきたし。この学校のどこかにひばりくんがいるんだ。この学校のどこかの教室で、ひばりくんは授業を受けていたり、するのかな。そういうのってすごく見てみたい。こういうとき、同じ学校じゃなくて、残念だなぁって思うんだ。 そのとき、「おい、」って声を掛けられた。ひばりくん?と思って勢いよく振り返った。でも、全然、違う人だった。別人。そもそもひばりくんは"おい"なんて言葉使わない。その時点で私は気付くべきだった。 その男はいつの日かの怖いお兄さんだった。一番始まりの。私がぶつかっちゃったひと。 わ、私に何の用だろう。道が知りたいのかなー、なんて。 「お前、この前の、」 と男はにやりと笑った。おそろしい笑顔。そもそもそれを笑顔と呼んでいいものか。お兄さんはあのときのことを覚えていたのだろうか。笑いながら私に一歩一歩近づいてくる。こわい。あの時も相当怖かったけれど、今はその何倍も怖い。一体何されるんだろうって。きっとこの人はものすごく怒ってる。あのとき私に何もできなかったから。ひばりくんが来てしまったから。でも今は彼はいない。あのときのツケを払ってやるって思っているに違いない。全部顔に書いてある。 助けて、って私は心の中で祈った。あのときみたいにこんなタイミングよく助けて。たすけてひばりくん 「僕のものに何してるの?」 誰だ?と男が言って振り返る。私には男の影になって声の姿は見えなかった。 そしてみるみるうちに男の顔が青ざめていく。お化けでも見たみたいに。一体何を見たのだろう?でも私はその声が誰のものだか知っていた。 「…!雲雀恭弥、」 「いまごろ気付いたの?」 遅いよ。と声は言った。ひばりくんが男の真後ろに立っていた。ドサリと倒れた男の向こうに立っていた。 ひばりくん、って喜ぶ前に私は目の前で突っ伏している男が言った言葉で頭がいっぱいだった。あの台詞が引っかかる。雲雀恭弥、誰?どこかで聞いた名前…確か並盛中の最強の風紀委員長。でも今私の目の前にいるのはひばりくんだ。私の彼氏。田中雲雀、 「雲雀、恭弥…?」 「そうだよ、僕は雲雀恭弥だ。名字が雲雀で恭弥が名前」 やさしく諭すように彼は言った。そのあとに、そんなことも知らなかったの、彼女なのに?と続くようだった。無言の微笑みのめは笑っていない。 「あ、私…」 そのあとの言葉は続かなかった。もう今までのように"ひばりくん"と呼びかけることはできなかった。もう無邪気に"ひばりくん"と呼ぶことは許されない。真実を知ってしまったので。 絶対、軽蔑された。嫌われた。 私はひばりくんの何を知っていた?何も知らなかったのに。知っているつもりでいた。ばかだ。自分が情けない。私は、恋人ごっこに浮かれていただけだった。浮かれて何も見えちゃいなかった。 じわじわと視界が歪む。 「僕が並盛中の風紀委員長雲雀恭弥だよ」 急にひばりくんが知らない人のように見えた。 そして私は急に自分の行動を思い出した。ひばりくんひばりくんひばりくん…ごめんね、私ひどいこと言ったね。あのときひばりくんは一体どんな気持ちで私の言葉を聞いていたのだろう。ごめんね。 彼はしばらく私を見下ろしていた。私は何も言えない。 「帰ろう。もう遅いから送っていく」 彼が私の手を取った。それはいつもみたいに私の手を包むものじゃなくて、私の手首を掴んだだけだった。私の手首を掴んで、私を引っ張って、彼はずんずん歩いていく。見えるのは大きな背中だけ。私はこの背中を知っている? 「なんで並盛まで来たの」 「ひ、ひばりくんに会いに行こうと思って」 「もう日も暮れるのに?」 「だって、」 嗚咽が込み上げてきて私はそれ以上言葉を発することが出来なかった。だって、だって。それしか言えない。そんな自分が情けなくて、ますます涙が出てくる。そうやって泣いちゃう自分が嫌なのに。矛盾してる。だって…、ひっく。こんなじゃ伝わらないよ。前を歩く彼の表情は見えない。怒ってる、かな。勝手なことして、手を煩わせて、呆れてるかな。幻滅、したかな 「こわい?」 知っている声が聞いた。 「君は、僕が怖い?」 ううん、怖くなんかない。ひばりくんはひばりくんだ。あの時私を助けてくれたのはひばりくんだ。他の誰でもない。ただそれだけは真実なのだ。ただそれだけは。 私は首を横に振った。こわくないよ。 でも彼は前だけを見ていたので。ちゃんと伝わっただろうか? 私はひばりくんが好きです。 でもひばりくんは私のこと嫌いになっちゃったと思う。好きな人の名前も知らないなんて、彼女失格だね。 |