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目が覚めると見慣れない天井とあたたかい布団とがあった。いったいいつ私は眠ってしまったのだろう。そして、ここはどこ?家具の少ないシンプルな部屋。私の部屋、ではない。かけられた布団から身体を起こして部屋の様子を見る。わずかに開いたカーテンの隙間から月が見えていた。ひんやりとした床に足を付け、窓に寄る。わずかなカーテンの隙間から、わずかな雲の間を縫って月は姿を見せていた。にんまりと笑ったような三日月。ぜんぶうそみたいだ。窓に描かれた絵なのではないかしら?窓を開けてみる。月は変わらずそこにあった。ひゅっと風が吹き込んできて、雨の匂いを運んでくる。しっとりと湿った空気が肌にまとわりついてくる。 ガチャって音がして驚いて振り向くと彼がドアの前に立っていた。彼の方も驚いた表情をしていた。
「すみません、起きているとは思わなかったので」
具合はどうですか、と彼は言った。私は具合が悪かったのだろうか?確かに少し、体が熱く、重いような気もする。 「ここはどこ?」「拙者の部屋です」 ああなんてこと!私は彼の部屋にいるのだ。一生入ることなく終わるだろうと思っていた場所に、いる。諦めた途端、物事は手に入りやすくなるのだ。いつだってそう。追い求めるものはいつだって私から逃げていくのだ。 「窓を開けて何をしているのです?」 そう言って彼はゆっくりと窓を閉めた。
「また、悪化しますよ」
足が床から離れた。ひょい、と彼は私を抱き上げて、ベッドの上に降ろした。「まだ寝てなきゃ駄目ですよ」そうしてまた布団をかけてくれる。そうして彼は私を見下ろして、小さく微笑んだ。確かに、
「まったく、おぬしは目が離せませんね」
お願いですから今晩ぐらいは大人しく寝ていてください。そう言う彼の瞳があまりにもやさしかったから、私は思わず布団を上まで引っ張った。お願いだからそんな瞳で私を見ないでほしい。
「先ほどお粥を作っておいたのですが、食べますか?どうせ昼から何も口にしていないのでしょう」
布団から目だけを覗かせた状態で小さくこくりと頷くと彼は薄く微笑んで、「今あたためて持ってきますから」と部屋を後にした。薄い扉の向こうを彼が歩く音が聞こえる。布団を頭までかぶってみたけど、それでも向こうの彼の気配は消えない。 どうして、そんなにやさしいの? 目が離せない、と言うのならずっと私を見ていてくれたらよかったのに、って思った。結局は私はバジルのことが好きなのだ。中途半端な優しさなんていらないって思う。突き放して、絶望のどん底まで落としてほしい。再起不能になるまで。そう思うのに、彼の優しさがなかったら生きていけないとも思う。私は、矛盾している。 この場所だって、本当は私のいるべき場所じゃないんだ。きっとこのベッドに横になることが許されているのは本来なら"彼女"だけなのに、私は彼の"昔からの大切な友人"であり"病人"であったので特別に容認されているにすぎない。知ってる。知ってるよ、もちろん。それぐらいは。勘違いなんてしていない。 瞼を閉じたら、瞳の奥がじわじわと甘く痛んだ。 コンコンと扉を叩く音がする。
「殿?」
その声に私はまた布団から顔を覗かせてしまうのだ。ああ、どうか、せめて、この夜が明けるまでこうしていることを許してほしい。彼の傍にいて、彼の優しさを受けることを許してほしい。"病人"だから。駄目かな?
そうして私はまた彼の優しさに甘えて、目を閉じるのだ。「おやすみなさい」彼が私の頭を撫でる。ひんやりと冷たい、手。もう何も考えられなかった。 もう一度夢を見よう。夜が明けるまで 07.03.24
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