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あの日も確かバジルと食事に行ったのだと思います。そうだあの日は珍しく彼が「もしよろしければ一緒にどうですか?」と言ったので私は嬉しさのあまり飛び跳ねそうになり、「喜んで!」と答えた。彼と会うのは一週間ぶりで、それまでの七日間一度も彼の顔も見ていないし声も聞いていない私はバジル不足になっていた(変な言い方だけど)。だからその日偶然バジルに出会って、その上食事にまで誘われるなんて、私にとっては最高級の幸せだったわけです。幸せの上にぷかぷか浮かんでいるみたいに。 食事の時、私はなぜだかすごくドキドキしてしまって彼とどんな話をしたかよく覚えていないけど、会話は弾んだし、出された料理もおいしかったってことだけは確かです。そしてその幸せの時間の帰り道、想いを伝えようと思ったのです唐突に。なんでこんなタイミングで思ったのかは分からないけれど(だってこれまで告白するのにいいような雰囲気はあった。でも私はしなかった)突然彼が大好きだという気持ちが溢れてきて、彼に思い切り抱きつきたいような、唇を奪ってしまいたいような、叫びだしたいような衝動に駆られたのです。その中で私は告白する、という選択肢を選んだ。 「バジル、あなたが好きです」 なんて幼稚な告白だろう。想いをただ口にしただけのものです。けれども私にはそれが精一杯でした。大人の余裕なんてものあったもんじゃない。そう告げた瞬間、時が止まった気がした。流れていた風すらも一瞬止まったのではないか。音も止まった。星も瞬くのを止めた(ように思った)そして彼も驚いた顔で振り返ったまま止まっていた。それはまるで写真を撮ったかのように私の脳内に記憶されている。鮮明に。このとき私は「早く時が再び流れ出してほしい!」と願ったけれど、今だったら確実に「どうか時よ、このまま止まっていて!」と祈ったことでしょう。次に思い出す彼はひどく無表情だった。 「拙者は殿のこと、好いてはいません」 この瞬間もきっと私は時間が止まったように錯覚したのかもしれないけれど覚えていない。(人間の時の感じ方なんて曖昧なもので、それが記憶の中ならなおさらだ。記憶は改竄される)頭の中で警鐘がガンガンと鳴り響いている。頭を鈍器で殴られているようだと言ってもいい。 「拙者は殿のことを愛せません」 そう言った彼の顔、そしてそこから先の記憶はほとんどなかった。気が付いたら私は自分の部屋でぼろぼろと涙を流していました。ただただ悲しかったのです。ああ、こんなにも人間は悲しみに沈むことができるんだと感動することもなかったのです。(そんなこと考えられる余裕なんてない。頭の中はバジルの面影と愛しいという悲しみの感情でいっぱいだったのです)食事に誘ったり、やさしく微笑んだりして私を期待させといて、とかも思えなかった。彼に対して憎しみや恨みなどあるはずないのです。だって、さっき振られたかといって長いこと好きだった(そして世界で一番大切だった)人を嫌いになれるはずないでしょう?そうです、私はバジルのことが大好きです。ただ彼が私のことを好いていなかっただけで。多分バジルのことだから私のことを友達、あるいは同僚としか見ていなかったのだろうなぁ。あの時「殿のことを異性として意識したことありません」なんて言われなくてよかったなぁ。だってわたしは女でバジルは男で、事実として異性なのだから。まぁ「異性として意識する」という場合の異性は「恋愛対象」って意味ですが。どっちにしろ悲しいことには変わりないのですが。そういえばなんで私が振られたのか理由を聞いてこなかった。バジルに私じゃない好きな人がいたのでしょうか?そうだったとしたら私はどうするのだろう?これは聞かなくて正解だったのかもしれなかった。ただ、あの日頭上でキラキラと宝石のように輝いていた星は私でない誰か、幸せな恋人達のためにあったという事実だけで私には十分だ。 (いつの間にか私は眠っていて、朝焼けだか夕焼けだか分からない光で世界は赤く染まっていた)06.09.23 |