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その朝はいつも通り携帯のアラームで始まった。できれば鳥がさえずる声とか、窓から差し込むやさしい朝の光で目覚めたかった。何より不満なのは「今日もいつもと変わらずに始まった」ということだ。私は昨日と今日とでは全く違う生き物になってしまった気分だというのに。明けない夜はないなんて、嘘であったらよかったのにと思った。人が失恋したときはしばらく朝日は昇らないべきだ。地球の自転なんて止まってしまえ!
起き上がる気もせず、そのまま寝返りを打つ。瞼が重く目が半分しか開かないし、頬は涙が乾いた跡でパリパリしていた。鏡を見るのが怖い。昨日遅くまでずっと泣いていたせいか頭がズキズキ痛んで二日酔いみたいだ。物を考えるのも嫌になるくらい痛いのに、想い浮かぶのは彼の顔ばかりだった。なんででしょう、一番忘れたい、考えたくないことなのに。光のように微笑む彼の顔ばかりが浮かんでは消え、浮かんでは消えるのです。大好きでした。だいすきだった、つまり過去形です。私は失恋しました。もう一度言います、失恋しました。別に大切だから二度言った訳ではありません。私にその事実をすりこませるために二度言いました。本当に大好き「だった」のです。彼はまさに私にとっての光だったのだ。彼に出会ったあの日から私の毎日はキラキラとやさしいクレヨンで輝くように彩られたのです。彼に出会ってしまったあの日から私の人生は変わってしまったのだ、きっと。
カーテンの隙間から覗く空は綺麗な青だった。それが私を嘲笑ってるように思えて仕方がなかった。(とんだ被害妄想だ!)昨晩も星はキラキラと頭上を瞬く綺麗な空でした。私はそんなロマンティックな夜に振られたのです。なんて惨めなのでしょう!せめて私の心を映したように雨が降り出してくれたなら少しはドラマティックだったでしょうに。生憎空は私の心なんて関係ないわ、とばかりに星を輝かせていた。まぁ、私は別に悲劇のヒロインを気取りたいわけではないので、天気の話なんてどうでもいいのだけれど。ただ、今日みたいな青は彼の瞳を思い出させるので失恋の傷が一晩で癒えるはずのない私には忌々しい存在であるのです。何もする気が起きなくてまたもぞもぞと寝返りを打つとまた頬に水が伝った。もう泣くのは嫌なのに。まるで心にぽっかりと穴が開いたみたいだ。いや、「みたい」ではなく本当に開いているのだ。きっと今の私の心をレントゲンで撮ったなら一部が黒く映るのではないだろうか。それは彼がいた跡なので、かなり大きい穴。それでもって深い穴だ。心は目に見えないし、もちろんレントゲンで撮って見ることもできないので確かめようがありませんが。でも見えないものなので本当に心というものに穴が開いていないと言い切ることはできないのです。だってそうでしょう?
うっすらと目を開けて時計を確認するとAM10:00でした。今日が休みの日でよかった。どのみちこんなひどい顔では人に会えませんから。そこまで考えると私の脳は勝手に「彼に会いたい」と思うのです。それは長年の習慣でしょうか。もう彼には会えないのに。(今の時代、仮に地球の裏側であったとしても飛行機でバビューンと飛んでゆくことが可能ですが、今私が言っているのはもちろんそんなことではなく、)きっと彼はやさしいから、もう以前のように私に会ってくれないのだろうということです。
かつて、私が勇気をだして(それこそ膨大なエネルギーを使って)食事に誘えば「そうですね、たまには殿と食事をするのも素敵な時間ですね」と言うので私はくらくらとしたものだ。あのときの、やさしく笑う彼の顔は今でもはっきりと思い出せます。多分もうそんな素敵な時間は訪れない。例えまた私が沢山のエネルギーを消費して彼を誘ったとしても、やさしい彼は私がまた傷つくのを恐れて丁寧に断るのだろう。(また傷つけられようとも望んだのは私なのだから彼は何も気にすることはないというのに)
でも、もしそこで彼が断ってくれなかったら私はまた彼を好きだと強く想ってしまうのだろうなぁ。きっとまた勘違いしてしまうのだろうなぁ。一度振られたのに、おろかなおんな。彼のやさしさは平等だということを忘れてしまっていたのです。自惚れ。ばかみたいだ。もう食事どころか会話することさえ難しいだろうに。彼は私を避けるだろうに。彼が実際そうするのを私は知っている。まさかそれが自分の身に降りかかろうとは!(本当はその可能性を考えなかったわけではないのだろうけど)
ああ、もう彼のことを考えるのはやめましょう。また涙が溢れそうです。今まで自分がこんなに泣き虫だとはしらなかった。つよい女だと自負していた。ばかみたいだ、本当に。
ばかなおんなである私はまたバジルのことを、再びまどろみの世界に落ちながら思うのです。 06.09.23
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