ドアをトントンと叩き、「お嬢様、」と声をかけても返事は返ってこない。寝ているのだろうか。それとも別の理由があるからだろうか。いつもなら彼女を起こすため、入るのに躊躇しないはずなのに。「入りますよ」いつもはない一言をかけてからドアを開ける。

「失礼します」

彼女は布団を頭まで被っていた。本当に寝ているのか、寝たふりをしているのか拙者には判断できなかった。だから、眠っていると思うことにする。その上からそっと手を置いて揺すってみた。「起きてください、お嬢様」いつもなら一声かけたらカーテンを開けるためすぐにそばを離れるのに、今日はそうしなかった。今日は、いつもと違うことばかりだ。

「お嬢様、」
「ん、」

彼女は軽く身じろぎして、目を擦る。彼女の瞳が焦点を結んだ瞬間。肩に触れたままだった手をパンと払われた。「あ、」と彼女が後悔したように小さく声をもらす。そんな顔、しなくていいのに。

「おはようございます」

にっこりと、微笑むことが出来ただろうか。これが代償なのだと思う。あんな風に他人の心の中に入っていくのではなかった、と今さら後悔しても遅い。こんな面倒くさいことになるなんて、と今さら後悔してももう遅い。

最初はこんな仕事お断りだと、思っていたのに。

朝食を運んできても、彼女は布団を被ったまま起きようとしない彼女に別れを告げる。もうそろそろ帰らなくては。帰ったら帰ったでまた任務が待っているのだろうけど。きっと今回ほど奇抜な仕事ではないだろう。今までの生活に戻るだけだ。

「言い訳のようですが、嘘を吐くつもりはなかったのですよ」

そう言った言葉は言い訳そのもので苦笑してしまう。結果的に嘘を吐いたことには変わりないではないか。調子に乗ったと言っても良かった。守れない約束はしない主義だったはずなのに。あんなことを言ってしまったのは、彼女が思ったよりも人間くさかったからかもしれない。本当は彼女は淋しかったのかもしれない、と思ってしまったのだ。本当は普通の女の子なのに、精一杯気取る彼女はずっと無理をしているのかもしれない、とか。全部全部妄想かもしれないが。きっと、ずっと彼女に興味を持っていたのだ。いつも何を考えているのか、とか。

「短い期間でしたが、ありがとうございました」

退出しようとドアを開けたところで小さな声が聞こえてきた。扉を開ける音でかき消されてもおかしくない、聞き逃してもおかしくないほどのか細い声。


「私ね、実は随分とあなたを気に入ってたのよ」


ああ、拙者は 単純でしょうか。