拙者がお嬢様に仕え始めてからもう3日が経った。新しい仕事にも慣れてきた。このお屋敷には家のお嬢様ひとりだけが住んでいるらしく、使用人の数も必要最低限しかいない。本来なら拙者にも多くの仕事があるはずなのだが、拙者がこの屋敷で働くのは短期間であるため、大方の仕事は以前からいる使用人が分担してこなしている。あと数日で去る者のために教える時間が惜しいのだろう。拙者は主にお嬢様の話し相手としての役割しかなかった。そんなとき、

「少し、外の空気を吸いに行きませんか?」

と誘ったのは単なる気まぐれであり、自分自身退屈していたのかもしれない。お嬢様は1日の大半は本を読んで過ごしていたからだ。この日も彼女はずっと窓辺で本を読んでいて、「今日は何を読まれているのですか?」と聞いても「それを知ってどうするの」と返されたばかりだ。どうするもこうするも、こちらが暇で仕方なかったから尋ねただけであって、その後は考えていなかったのでそれ以降拙者も話しかけることはなかったのだが、その数時間後には耐えられなくなってしまったのだった。

「外?」
「ええ。今日は天気も良いですし」

あ、お庭には綺麗な花も咲いていますよ、と付け加える。すると彼女はつと窓の外に目をやり、そして昨日から読み続けている分厚い本を閉じた。パタンと大きな音がする。拙者は昨日からずっとその本は凶器になるんじゃないかと思っていた。ついでにお嬢様が手を滑らせて足の上に落としてしまわないかヒヤヒヤしていた。全くもって無駄な考えであったが。

「そうね、たまには外に出るのもいいわね」

お嬢様がそう言ったのは少し予想外だったと言ってもいい。きっと、本を静かに閉じ「ねぇ、私は今読書しているのよ」などと言われるのではないかと思っていたのだ。だから拙者はこの彼女の答えを聞いて嬉しくなった。

「お庭のお花も見事に咲いていますよ」

名前は知らないが色とりどりの花が咲き乱れていた。木漏れ日が眩しい。心地の良い風も吹いていて、日陰で昼寝したらさぞ気持ちが良いだろうなぁと思う。てくてく歩きながら、「ねぇ、」そう思いませんか?とお嬢様を振り返る。彼女の視線が拙者を素通りして、その先の何かを見つけて輝くのを見た。

「あ、」

と声をあげて彼女が駆け出す。釣られてそちらを見ると、その先には小鳥がいた。当然鳥はパッと飛び出してしまって、今度は「あーあ」と落胆の声が聞こえる。ほんの少しの時間のことだけれど、拙者は驚いて固まってしまった。彼女はそれに気付いて、今度はゆっくり歩いて拙者のもとに戻って来てからいつもの調子で

「なによ」

と言う。下から睨みつけるような挑戦的な視線。最初に会いに行ったときと同じだ。

「少し、意外だったものですから」
「なに?私のことおとなしいお嬢様だとでも思っていたの?」
「いえ、」

おとなしいお嬢様、というよりは気の強いお嬢様だと思っていた。会う前は、お嬢様といったら静かでもっと大人びたような子どもを想像していた。それとも違う。確かにお嬢様は大人びているけれども、イメージとは違う。きっと、少し不自然なのだ。大人を演じきれていない、と言ったほうがいいだろうか。

「笑っていた方がかわいいですよ」

一度だけ見たあの笑顔よりも、さっきの顔の方がいい。年相応に見えた。いつもそうやっていればいいのに。

「何言ってるの」

依然ときつい口調だったが、彼女の頬に微かな赤みを発見して思わず笑みがこぼれる。もう少し、彼女とは仲良くなれそうだ、と。