昨日のメイドに取り次がれ、長い廊下をいくつも通り、やっとの思いでひとつの扉の前に立った。この向こうに拙者がこれから仕えるそのお嬢様がいる、らしい。コンコンと目の前に塞がる扉をノックした。正直こんな分厚い扉でノックの音がちゃんと聞こえるかどうか心配だったけれど、それは本当にいらぬ心配だったらしい。ちゃんと中から「どうぞ」と言う声が掛かった。大きすぎる扉を開ける。

そこにはひとりの少女が椅子に腰掛けていた。上品な洋服に身を包み、強い光を宿した瞳でこちらを射るように見ていた。気の強そうなお嬢様だ。それが彼女の第一印象だった。

「初めまして、今日からお嬢様に仕えさせていただくバジルと申します」
「あなたが?」

そう言うと彼女は拙者を上から下まで値踏みするように見た。それからふっと嘲るように笑って「前のやつの方が有能そうだったわ」と小さく、しかし拙者にしっかり聞こえるように言った。

「仕事は他の誰かに適当に聞いて」

そう言ったきり彼女はこちらを向こうとはしなかった。窓辺の椅子に腰掛け、本を読み始めた。分厚く、古めかしい本。彼女には不釣合いな。遠慮がちに「しかしお嬢様、」と呼びかけてみたが無視された。頑なに本に視線を落とし、不機嫌そうな顔をしている。実際彼女から不機嫌なオーラが出ている。否、彼女から出ているのは、警戒心だ。

「信用、できませんか?」
「当たり前じゃない。私はあなたのこと何も知らないもの」

全く知らない人をどうやって信用すればいいの?と彼女は言った。「そもそもあなた本当にお父様から雇われた人?」 まずは彼女の信頼を勝ち得るところから始めなければならないらしい。

「では拙者はお嬢様のお傍に置いてもらえないのでしょうか」
「現時点では」
「そう言われましても…」
「今日初めて会った人間をどうやったら信頼することが出来るの?」

と冷たく彼女は言い放った。なるほど。正論だ。しかしそれでは困る。なんとか信じてもらわなければ。こっちも仕事で来ているのだから。 それに、この少女は、簡単に人を信用できなくなるほど裏切られて生きてきたのだろうか。ボンゴレにまで影響を及ぼすほどの名家の娘だ。彼女を狙う輩や利用しようとする輩など掃いて捨てるほどいるだろう。それくらい分かる。彼女の瞳は誰かに似ていたから。

「拙者は、今日みたいな暖かい日が好きですね」
「は?いきなり何の話?」
「拙者の好きなものの話です」

初めて会った人間を信頼しろなんて、確かに無理な話です。でも、だからと言って歩み寄る努力すらしないのはずるいでしょう?そう言うと彼女は視線を上げ、ふっと表情を緩めた。風が吹き込み、カーテンと、彼女の髪を揺らす。

「そうね、あなたの言う通りだわ」

彼女は笑うと少し雰囲気が柔らかくなるのだなぁと思った。拙者もまだ彼女のことを何も知らない。勝手にお嬢様とはこんなもんだろうとイメージして、勝手に憂鬱になっていたりしたのだ。人のことを言える立場じゃない。始まるのはこれからだ。現に今、何だか楽しくなりそうだと思い始めている。

「拙者はお嬢様を傷つけたりなどしません」
「口約束だけなら誰にだってできるわ」
「そうですね、拙者にはこうして約束することだけしかできませんが」

お嬢様は拙者の命に代えてでも、必ずお守りいたします。そう言うと彼女はこちらをじっと見て。

「では、あなたの今後の働きに期待することにするわ」

まずは紅茶を淹れてきてくれるかしら?と彼女が言うので、拙者は彼女に 忠誠を誓う。