はしるはしる、
 

08


こんなにも、もっと速く走りたいと願ったことはなかった。いくら足を前に出してもこれ以上のスピードが出せないことがもどかしい。早く、はやく彼の元へ辿り着きたい。早くしないと決心が鈍ってしまいそう。せっかく、背中を押してもらったのに、失速して、また進めなくなっちゃう。早く辿り着かなくちゃ。早く会わなくちゃ。そればかりを思う。私は何をするにも本当に遅いのだ。学校からずっと走っていて足ももうがくがくする。心細い、くじけてしまいそう。

毎日通っていた道すら知らない景色のように私をひとりにする。

もう少し、あと少し。彼の部屋の電気は点いていた。きっと彼は家にいる。ピンポーンと少し間の抜けた音のするインターフォンさえもどかしい。ガチャリと目の前のドアが開くまでが永遠と思えるほど長く感じた。やっとドアが開く。彼の姿がのぞく。

「いずみ…っ!」

女の子が息を切らせて訪ねてきて、彼はどう思っただろう。せめて呼吸を整えてから呼び鈴を押せばよかったと後悔した。「?!お前、どうしたんだよ?」と彼は驚いた声を上げる。必死で走ってきたからきっと髪もぐちゃぐちゃで、うっすら汗も滲んでると思う。

「いず、み」

はぁはぁと息が切れてうまく声が出てくれない。もどかしい。なかなか息が整ってくれなくて、それでも焦って喋ろうとするから言葉が途切れ途切れになってしまう。言いたいのに、言いたいのに。「走ってきたのか?」走ってきたよ。止まれなかったの。あのね、私、伝えたいことがあったんだよ。聞いて、くれるかな?

「孝介、好き」

ムードも何もあったもんじゃない。そういうことを考えるには、私はあまりにも必死すぎた。ものすごくかっこわるいと思う。でもそんなことに構ってる余裕はなかった。彼が今どんな顔をしているか見れなかったし、考える余裕もなかった。すき。溢れそうなこの気持ちを伝えるにはどうすればいい?

「泉に、彼女いること分かってる。でも私ずっと好きで、今さらになってじゃないと言えなくて」

自分が何言ってるのか分からない。支離滅裂だ。こんなんじゃ孝介にちゃんと伝わらない、言わなきゃ言わなきゃって気持ちばかりが先走って、言葉が上滑りする。ぐちゃぐちゃだ。言ってることも、格好も、心も。どうして彼のことになるとこうも全てがかき乱されちゃうの?もっとはっきり伝えたいのに。あの子みたいに自分の気持ちはっきり言えたらいいのに。こういうときあの子だったらどうしただろう。あの子はどうやって自分の気持ち伝えた?どう頑張っても私はあの子みたいにはなれない。弱々しくて今にも吹き飛んで消えてしまいそうな言葉しか紡げない。

「本当に今さらできっと迷惑だろうけど、私、」

せめて泣かないようにって自分を保つので精一杯だった。こんなのじゃだめだって思ってもこれ以上どうしようもない。届かないって分かってる言葉を紡がなきゃいけないのはつらくて。彼の顔すら見れなくて、だんだん目線は下へ下がっていく。俯いてしまう。だめだよ、下向いたら涙が零れちゃう。そう思った瞬間、ふわっと視界が暗くなった。しかし構わず言葉を続ける。「それでも私孝介のこと好きなの」

「ばっか、言うの遅ぇよ」

彼の声が聞こえた。