期待していなかったと言えば嘘になる。気にかけてほしいと思っていた。浅はかな期待。昨日あんなに感情的になった理由は言えない。でもどうしたのって聞いてほしい心配してほしい。孝介が私のこと考えて、少しの間でも心を占領出来ればいい。そう思った。
 

07


放課後、言われた通り校舎裏に行ってみるとそこには彼はいなかった。代わりにいたのはひとりの女の子。孝介と会ったときと同じくらい心臓が飛び跳ねた。だって、その子は

「ごめんね、呼び出したのは私なの」

私あなたのメアド知らないから泉が寝てる間にちょっと携帯拝借して送ったの。泉からだと思った?と私に語りかける彼女が誰だかすぐに分かった。この間見た、孝介の彼女だ。孝介の隣を歩いていた彼女、本人だ。忘れない、あの日から瞼の裏に張り付いて消えてはくれなかった姿。消し去ろうとしてもこびりついて離れてくれなかった光景。その彼女が今私の目の前に立っていて、私に問いかける。

「あなた泉の幼馴染よね?」
「そう、ですけど、何で知って、」

クラスも遠く学校での接点があまりない私と孝介の関係を知る人は多くない。そりゃ中学が一緒だった子は知ってたりするけれど、出身中学が同じ子もそんなにいないので、学校の子はほとんど知らないはず。私も特に言いはしなかったから、友達でさえも知らなかったくらいだ。高校生にもなって幼馴染なんて大した関係じゃない(それを今私は身をもって体感している)。言っても余計なトラブルに巻き込まれそうな気がして。それを、どうして彼女は知っているのだろう。よりによって、孝介の彼女が。

「泉から聞いた」

と彼女は短く言った。泉がそんな風に私のことを話していたのかと思うと複雑な気持ちになった。私のこと、目の前にいるこの子にどんな風に言っていたのだろう。そしてその子はそれをどんな風に受け取った?孝介はどういうつもりで彼女に幼馴染のことを言ったの?どうして彼女の前で他の女の子の話なんてしたの?

「単刀直入に言うけど、あなた泉のこと好きでしょ」

ドキっとした。それはギクリにも近かった。ここに来て彼女を前にしたときからずっと言われることを恐れていた言葉。どうしてそんなことまで、知っているの?「あなたを見てればすぐ分かる」そんなに、分かりやすくなかったはずだ。友達に指摘されたこともないし。やっぱり同じ人を想っていると分かってしまうものなのだろうか。

「好きなら好きって早く伝えなさいよ」

予想もしていなかった言葉が彼女から発せられた。思わず、え?と聞き返してしまう。告白、していいの?普通彼女だったら自分の彼氏に誰かが告白するのを嫌がるものじゃないのか。多少なりとも不安に…。きっと不安にならないのだろう、彼女は。自信があるのだ、彼は自分が好きだと。揺るぎない自信。私に勝てるという自信。私にはそれがない。限りなく真っ直ぐした目を持つ彼女から孝介を奪う自信なんて、ない。それどころか奪おうとすら思っていない。全く、これっぽちも。その時点ですでに私の負けなのだろうか。 好きとすら言わせてもらえない人だっているのに、と彼女が小さくつぶやいた言葉は私には聞こえなかった。「好きな人の、すごく近くにいるのにずるいよ」多分彼女は今の場所を得るために頑張ったんだ。だから何もせずそのくせまだ幼馴染だということを利用して彼の周りをうろうろする私が気に入らないのだ、きっと。私はずっと思いを伝えることをこわがって、この関係が壊れて近くにいられなくなることを恐れてた。私が何もしなくたって壊れてしまうことはあったのに。

「あなた本当に泉のこと好きなの?」
「好き、だよ」

意外にもするりと言葉が出た。好きです。今ならはっきり言えます。私は孝介のことが好きです。伝えたい。そう心が叫びだす。

「それを、私じゃなくて泉に言いなさいよ」

「それを本人に、言わなくてどうするの?」孝介が彼女のこと好きになったの、分かる。言い方ははっきりして真実を捉えていて、それは逃げていた私の心に深く突き刺さるけれど、彼女はとても真っ直ぐでやさしい子なんだ。はっきりしない私に多少苛々していても、私の恋を応援していてくれているのが分かる。たとえ、それが自分の彼氏だとしても。孝介のすきになった子はそういう子だった。 振られるって分かっていても、一度伝えて一区切りつけて、そこからまた新しい一歩を踏み出そう。ずっと長いこと持っていたこの気持ちをこのまま消すことなんて出来ない。そう思うといてもたってもいられなくて、このまままたこの決心が消えてしまうのがこわくて、踵を返して走り出した。彼女は私の背中に向かって何も言わなかった。

ありがとう、と心の中で言う。

途中誰かにぶつかって「ちゃん?!」と声を掛けられたけれど、小さくごめんなさいと言っただけで立ち止まらなかった。少し走って、今のはもしかして浜田さんだったかなと思い当たったけれど振り返らなかった。ごめんなさい、私は一刻も早く辿り着かなきゃいけないんです。一刻も早く彼に会わなくちゃいけないんです。悪いけれど、今私が一番あいたい人はあなたじゃなくて。私があいたいと願う人は ただひとり。