どうして、「いつまでも同じ」だと思い込んでいたのだろう。変わらないものはない、と知っていたはずだったのに。それなのに、これだけは例外でいつまでも変わらないって、訳もなく無邪気に信じていた。つまり、私はどうしようもない大馬鹿者だったのだ。
 

01


「オレ、―――に告られた」

最初、彼がなんて言ったのか聞き取れなかった。彼の発した言葉はただの意味の無い記号と化していた。後半の部分の印象が強すぎて、誰かの名前を言っていたのにそれはどっかにぶっ飛んでしまった。とりあえず、私の名前でなかったことは確かだ。

「で、付き合うことになった」
「あ、そうなんだ」

何がそうなんだ、なのか。本当はこれ以上ないくらいに驚いていたのに。心臓が飛び上がって、それからずっとドキドキと不規則に胸を叩いている。とっさに声が裏返らなかったのが不思議なくらい。しかも、冷静でさも無関心そうな演技までできるとは。私にしては上出来だったのではないだろうか。その反応が正解だったかどうかは別として。

「おめでとう」

そんなことこれっぽちも思ってないのに、言えちゃう自分がこわい。私の気持ちとは正反対のことが私の口からするすると出て行く。こころのなかはもっとぐちゃぐちゃなのに。気付かないふりしていることに気付いていないふりをしていたのだ。無意識に無意識のふりをしていた。今まで見ないようにしていた感情が洪水のように溢れてくる。それがそのまま言葉にならないのは、よかったけれど。

「そういうわけだから、お前もうあんまオレんち来るなよ」

言葉が胸の真ん中ら辺、きっと心があるあたりに刺さって抜けない。そこから化膿していくみたいにじくじく痛んで。「うん、分かった」って自分でも驚くくらい明るい声がした。今のはいったい、誰が喋ったの?嘘みたいに勝手に口が動いて、このまま私はこの知らない誰かに体を乗っ取られてしまうんじゃないかと思った。

「彼女に誤解されたら困るもんね」
「別に、そういうことじゃねーけど」
「もう私たちも高校生だしね」

私たちただの幼馴染ってだけだもんね。今度は自分で言った言葉に傷ついた。事実確認をしよう。私たちはただの幼馴染。それは事実だ。当たり前だったのに、どうしてどうして。今までの私は目をそらしていただけだったことに気付いた。今私が彼の部屋にいるのはただ昔からの延長線。特別な権利があっているわけじゃないの。

「おしあわせにね」

振り向けなかった。彼の顔が見れなかった。次の瞬間自分が何をしでかすか分からなくて、こわかった。このまま自分じゃない私が彼と勝手に会話していてくれるならそれでもいいと思った。自分がどうしたいのか、何をしたいのか全く分からなかった。どうすべきだったのか、も。ゴーンゴーンと一階にある掛け時計が時刻を知らせた。

「私、そろそろ帰らなきゃ」

読んでいた漫画をパタンと閉じて、立ち上げる。彼はただ「おう」と言っただけだった。特にいつもと変わるわけじゃない。いつもの彼と同じ反応。それなのにどうしてか冷たく聞こえて仕方がなかった。立ち上がるとき、足が震えそうになった。

「じゃあね、泉」

わざと変えた呼び名は予想以上に距離を感じさせる音になった。まるで彼が私のまったく知らない人になってしまったみたいに。