放課後、彼らと一緒に帰ることはないのだけれど、今日は帰りのHR中まで4人と話してたりして、「田島たちは今日も部活だろ?」「もっちろん!」「私は今日はもう帰るよ」ってな具合に、そのままの流れで浜田と一緒に帰れるような雰囲気を作ったりして、少しだけ頑張った。昨日の泉の言葉を思い出したわけじゃない。今日はちょっと努力してみようかなって思っただけ。
 

02


今日はいつもより丁寧に鞄の中に荷物を詰めた。もう入れるものなんてないのにごそごそ机の中を見てみたりして、浜田が「行こーぜ」と声を掛けたときには鞄の中どころか机の中まですっかり綺麗になっていた。普段は全く気にしてないのに、今日は妙にドキドキする。一緒に帰るっていう響きがダメなのかもしれない。だって少し恋人同士っぽいとか思ってしまって。廊下はこれから帰る生徒、部活に行く生徒が沢山いて、状況は普段と同じなのに。今日は彼との距離が近いように思えたりする私は末期だ。

って家どっちだっけ」
「あっちの方。コンビニを右曲がる」
「途中まで一緒だな。オレも今日そっち」

浜田がどの辺に住んでるのか詳しく知らないけれど、途中まで一緒と聞いて嬉しくなった。だって、もし方向が正反対で隣を歩けるのが校門のところまでだったらせっかくここまでしたのに淋しいもん。

「浜田!今帰りかー?」
「おぅ、じゃーなー」

浜田が私の知らない人と声を交わす。そういうとき、その人の上履きを見ると私たちと違う色だったりするのだ。こういうとき、いつもクラスにいるときは感じない壁を意識してしまう。昇降口とか他の学年が入り混じる場所は嫌い。私の知らない上級生と彼は仲良さ気に挨拶を交わすから、私はどうしていいか分からなくなる。彼の隣で縮こまるしかなくて。特に彼が女の先輩と言葉を交わすと、私は叫びだしたくなる。問い詰めたくなる。その人とはどういう関係なのかって。実際は彼にとってはただの元同級生なのだろうけど。もしかしたらこの人は去年浜田と同じクラスで、彼に好意を抱いていたりしたんじゃないか。私みたいに。そんな風に考えてしまう。だって浜田は誰にでも明るくて優しいから、こんなのが同じクラスにいたら絶対惚れるって。ねぇ。

「隣の彼女?」
「違ぇっての」

先輩たちは皆大人っぽく見える。それに比べ私は、高校生に成り立てでまだ中学生の子供っぽさが抜けていない。つらい。普段は意識してないひとつの壁が私の前に現れるみたいで。浜田が留年してるってこと知ってる。本当はひとつ上なのも知ってる。ある日田島が「ねぇねぇ知ってた?浜田って留年してたんだってー!」と言ってきたときにはそりゃ驚いたけれど。でもそのときはもう少しだけれどこの浜田に対する感情に気付いていたし、そんなの関係ないと思っていた。今は私と同じクラスなんだし、普通に友達もやれている。お互い距離も感覚も他のクラスメイトと一緒。むしろ浜田に惚れている私はラッキーと思ってしまった。浜田には申し訳ないけれど、だって同じクラスになれてラッキーだ。浜田と出会えてラッキーだ。

浜田が靴を履くため屈んだ。靴、大きいなぁなんて思いながら彼がスニーカーを履くのを見ていたらふっと彼がこちらを向いた。目が合って思わずドキっとする。下から見上げる彼の顔がいつもと違うようにも見える。彼はすっと立ち上がるとなぜか私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「何すんの?」
、元気ない?」
「そんなことないって」
「さっきから、なんか変だぞ」
「気のせいでしょ」

そう言って頭に乗せられた手を払う。なんで、こういうとこ妙に鋭いかなぁ。なんで、こんな風に優しくするのかなぁ。浜田は、私の気持ちに気付いているの?どっちにしろ、本当性質悪いよ。

「そっか?ならいいけど」

「さっさと帰ろーぜ」と彼は歩き出す。外はとても明るくて、彼の後ろ姿が眩しい。全部全部、浜田のせいなんだから。なんでこんなにも私の知らない彼が沢山いるの?つらいよ、と心の中で呟く。どうして私は浜田を好きになってしまったんだろう。でも、きっと誰を好きになっても私は同じことを思っただろう。その人と過去を共有したいって思っただろう。きっと中学が同じ子とかに嫉妬していた。だから、浜田だからつらいんじゃない。それは分かってる。

帰り道の景色すら目に入らなくて、自分がどこを歩いているか分からなくなりそうだった。ついちらちらと彼を見上げてしまう。それに浜田が気付いた様子はなくて、良かったと思う。それとも気付いてほしかったのだろうか。

「でさ、その近所の猫がさ、」

と、彼はいつもと同じ様にくだらない話を繰り返す。彼は最近家の近くに出現する猫の話をしている。いつもだったらその話も楽しいはずなのに、今はそれどころじゃない。半分くらいしか頭に入ってこない。昨日泉に言われた言葉がぐるぐると頭の中を駆け巡る。「言ってみれば?」そんな簡単に言えれば苦労しない。だけど、言うなら今しかないって気がした。くしくも泉に励ましてもらったから、言うなら今だ。今までタイミングがなくてとか、あんなに友達として仲良くしていたのに今さら告白とか私と浜田はそんな雰囲気じゃないとか、逃げてばかりいたから。せっかくほんの少しの勇気をかき集めてふたりきりで帰る状況を作り上げたのに。せっかくあいつが後押ししてくれたのに、ねぇ?

「浜田、」
「ん?」
「私、ずっと浜田に伝えたいことがあって、」

心臓はかつてないほどドキドキしてる。情けないことに、浜田の顔が見れない。上を向けない。言おうと口を「す」の形に開けた瞬間、浜田の「あー!」と言う大きな声が私のそれに被さった。

「ちょっと待った、うちのクラス英語のノート提出明日じゃなかったっけ?」

一瞬ぽかんとしてから、「そうだけど。明日の授業後提出だよ」と答えると彼は「やっべ、オレ何にもやってねー」と頭をがしがし掻いた。テストが近いからノート提出は色んな教科であるけれど、どうしてこのタイミングで英語のノートなの?

「ね、、お願いだからノート貸して!」
「えー」
はやってあるでしょ?お願い、一生のお願い」

手を合わせられて必死で頼まれたら断れるもんじゃない。「しょうがないなぁ」なんて言いながら私は結局鞄の中から英語のノートを取り出しているのだ。ほとんど無意識に。断れるわけないじゃないか。浜田が私を頼ってくれてるのに。こんな状況でも嬉しい、だなんて

は命の恩人だよー。また留年とか洒落になんねーもん」

ありがとな。そう言われると悪い気はしない。でも、まだ言ってない。伝えたいこと、まだ言ってないよ。言わなきゃ言わなきゃ。ちょっと待ってよ。

「浜田、」
「じゃー、オレこっちだから。また明日な」

そう言って彼は行ってしまった。しばらく私はその場に立ち尽くして、それからハッと気付いた。 はぐらかされたんだ。言わせてもらえなかった。せめて最後まで言わせてくれればよかったのに。振ってくれて構わないのに。たとえ振られたとしても浜田がまだ友達でいてほしいって言うなら私は今までと変わらず笑っているよ。はぐらかしたって、私の気持ち消える訳じゃないのに。もしそうだったら楽なのにな。結果が同じなら言わせてほしかった。こうすれば、何もかもが丸く治まると思ったのかな。何もなかったことになると思ったのかな。間違いだよ。消えてくれない。私はまだこんなにも あなたのことが