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触れた背中が、重なった手が、熱くて仕方なかった。 07 午後の授業はなんとなくやる気がしないなぁと思った。窓際の席だからお日様が私の髪に手に机に降り注いでぽかぽかとあたたかい。あったかいし、お弁当食べてお腹いっぱいだから、午後の授業はどうしてもシャキっとしないのだ。ただ、今日は午前の授業もボーっとしてしまって、先生の言葉がすべて頭の上を通り過ぎていってしまった。かろうじてノートだけは取る。先生が黒板をほとんど埋めてから、ハッと気付いて慌てて移す。それを今日は何度も繰り返していた。窓の外を見るとどこかのクラスが体育の授業を受けていた。ジャージの色から同じ1年だということが分かった。けれども、その中に彼の姿を見つけることは出来なかった。 昨日、逃げるように帰ってしまったことを少しだけ後悔した。もうこれから先、田島くんに会うのは不可能な気がしたから。だってドキドキしてしまって、心臓がもたない。男の子にあんな風に抱きしめられるのは初めてだったから。どうしようもなく、意識してしまうのだ。たとえば、彼にとってあの行動が大した意味を持たないものだとしても。平常心で、今までのように彼に会える気がしないのだ。最近は早く放課後にならないかと思っていたのに、今では永遠に来なくてもいいとさえ思う。そう、自分でも気付かないうちにあの放課後を楽しみにしていたというのに。そうしたことをつらつらと考えているうちにいつのまにか考えに没頭してしまっていたらしい。友達の声で現実に引き戻される。 「、?」 「あ、うん、何?」 「どうしたの、ぼーっとして」 「ちょっと、…考え事を」 「そう?とりあえず呼んでるよ」 いつの間にか午後の授業もホームルームも終わってしまっていたらしい。呼んでるよと、そう彼女が言い終えた瞬間「!」と頭の中で何度も反芻した声が響いた。教室の入り口に立って手を振る彼を見て「ああ」と思わず意味のない言葉が零れた。ああ。田島くんに会ってしまった。もう放課後になってしまっていたのだ。私がどんなに願ったって時間は止まってくれない。引き伸ばされもしない。 「た、じまくん…。どうしたの?」 「どうしたもこうしたも、が来ないから迎え来たんだろ!」 そう言って彼は以前と変わらない笑顔で言う。変わってしまったのは私の方で、彼と初めて会話したときよりもびくびくしている。そして心臓がどきどきいっている。私はいつもと同じ顔で同じ様に彼に接することが出来ているでしょうか? 「ほら、早く!テスト前日だからに聞きたいこと沢山あんだ」 田島くんは変わらない。きっと昨日のことはなんでもないことだったんだ。そう結論付ける。だから、私も気にしても仕方ないのだと、言い聞かせる。どんなに言い聞かせたって、私にとっては重大な事件だという事実は変わらないというのに。でも、だってそうしないと私だけがばかみたいだったから。田島くんってどこか動物っぽいところがあるから、いつもああなのかもしれない。何かとてつもなく嬉しいことがあったら、例えば体育祭で激戦の末優勝とかそういうことがあったら、女の子だろうと誰だろうと構わず近くにいた人と抱き合って喜びそうなイメージがある。だから、特別なことではなかったのかもしれない。 「ごめん、始めようか」 そう結論付けたのに、どこか悔しい気持ちになったのは、私がばかだからだ。でも、田島くんが男の子なのは事実だと、思った。重なった手の平は私の手をすっぽり包んでしまうくらい大きかったのだから。今さらながら意識してしまう。でも、そんな自分勝手なことで約束を破ることなんて出来なかった。私は人に嫌われることがこわい、臆病者なのだ。 「今日は何からやる?明日テストある教科は英語だっけ?」 「多分そう」 「じゃあ、それからやろうか」 そう言いながらノートを広げる。「おう」と言いながら田島くんが椅子を引く音がする。そして鞄を開けて、ノートやら教科書やら筆箱やらを出す音。それでも私はノートから視線を外せなかった。何かノートに気になることが書いてあった訳ではない。けれども、顔を上げて田島くんと目が合ってしまったら。一体どんな顔をしていいのか分からなかったから。だから私は必死で勉強しているふりをした。けれどもひとつの英単語も頭に入ってきてはいなかった。 「ねー、テスト終わったら試合あるんだけどさ」 「ん?」 「見に来てくんねー?」 「はいはい、テストでいい点取ったらねー。だから今は集中してください」 そう返事をしながらも、手は休めない。テストも目前に迫り、私自身も勉強しなければならない。けれども、それは建前だ。本当は、田島くんとうまく話せる自信がないから。顔を上げて、田島くんと目を合わせることが出来ないから、一生懸命勉強しているふりをして、避けてる。 「ねー、」 「何?」 「オレさ、のこと好きなんだけど」 「…は?」 我ながら間抜けな返事だと思ったが、それ以上の言葉は出てこなかった。田島くんは今何と言ったの?これが、昨日の行動の答えなのだと、心のどこかが告げていた。それで理由がすべて説明出来る、けれども頭がついていかない。同じ疑問が同じ場所をぐるぐる回って。誰が、誰を?田島くんが私を?何故?いったい、いつ、どこで? 「あの、私、」 「突然ごめん。なんか言いたかっただけ!」 そう言ってさらさらとシャーペンを走らせると、私にノートを突き出して「出来た!これで合ってる?」と聞く。かろうじて頭が働き出した私はそれを自分のノートと照らし合わせて見て、「合ってる」とだけ言った。 「…?どうした?」 ああ、うまく頭が回らない。その可能性を考えなかったわけじゃない。だけれど、そんなまさか。田島くんみたいな人気者が、なぜ私を好きになんかなるの?いつからそう思っていたの?クラスも違うし、私は決して目立つ人間ではないのに。 「ご、めん…」 気が付くと私はそれだけを言っていた。それ以上は何も言えなかった。 「ごめん、今日用事が…」 口からでまかせだ。嘘だってすぐばれてしまう嘘。逃げてるのがバレバレだ。分かっていたけど、そう言わずにはいられなかった。顔を上げることが出来なかった。俯いたままノートや筆箱をぐちゃぐちゃに鞄に押し込んで、席を立つ。そのまま田島くんが何か言う前に走り出す。また逃げている、これじゃあ昨日と同じだ。分かっていたけれども、何も考えられなかった。田島くんの顔が見れない、それだけは分かっていた。 |