帰りのホームルームが終わり、私が教科書をまとめていると友達が「最近さ、田島と仲良くない?」と唐突に声を掛けてきたので私は「え?」と間抜けな声を上げてしまった。振り返って見ると「あ、別に他意はないよ?」と手を振って付け足した。「仲良いことは良いことだよ」これからも仲良くしてやってね。その言葉には一体どんな意味が込められていたのだろう。
 

06




「あー、ここも人いるね」
「だな」

私たちはある教室をそっと覗きこんで言った。空いている教室を探しているのだが、さすがテスト直前にもなるとどこのクラスも勉強してる子がいる。私たちが昨日まで使っていた教室にも人がいたので空いている教室を探すことにした。別に人がいたってそこで勉強してもよかったのだが、なんとなく他の人がいると集中できない気がして。事実田島くんは人気者なので声をかけられてついお喋りしてしまうのだ。しかし、今の教室で私たちの学年の教室は全滅だった。図書室という手もあるが、あそこはひとりで黙々と勉強している人が多いので、勉強会には向かない。私がどうしよっかなーと悩んでいると、田島くんが唐突に

「オレんち来る?」

と言うものだからびっくりしてしまった。田島くんの言動はいつも突然すぎて私は時々驚いてしまうのだ。どうしてそういう話になったのだろう。田島くんの家って一体どこだろう。行くまで時間がかかってもったいないのでは、と思った私の心を見透かすように続けた。

「うち、こっから5分で近いからさ!」

私はちょっと揺らいだ。確かにそれは近い。でも、それって迷惑にならないのかな?急に家行くとか。どうなの?私たちそんな仲良しだったっけ?そんなことをぐるぐる考えていたけど、田島くんの次の一言で全部吹き飛んだ。

「あ、動物平気?うち沢山いるんだけど」
「本当?私動物好き!」
「よかった!」

「動物何飼ってるの?」と聞くと犬とか猫とかハムスターがいるらしい。動物好きの私には羨ましい話だ。そんなに沢山飼ってるなんて。田島くんの家に行くのが楽しみになる。さっきまで迷惑にならないかとか考えていたことはすっかり頭から抜け落ちてしまったのだから、都合良く出来てる。

「こっち!」

と彼が勢いよく私の手を引っ張る。「ちょっと待って、まだ靴履けてない…!」と言うと彼は「ごめんごめん」と笑いながらもそれでも私の手を引く。まるで掴んでないと私が遅れてしまうみたいに。そんなことしなくても大丈夫だよ、と言いたいけれど、きっと田島くんが本気で走り出したら私なんかでは到底追いつけないのだから一概にそうは言えなかった。

田島くんの家は本当に近くて、あっという間についてしまった。「お邪魔しまーす」と恐る恐る靴を脱ぎ上がるとドタドタと先に行ってしまった田島くんが「あー母さん買い物行ったみたいでいねーや」と呟くのが聞こえた。彼のあとに続いてリビングに入る。そのとき、するりと足元を何かが擦り抜けた。

「抱っこできるよ」

と田島くんが言うので私はそっと猫を抱き上げた。人懐っこい猫のようで私が触っても動じない。さすが田島家の猫。どことなく飼い主に似ているなぁと思いながらなでる。

「わー、ネコちゃんあったかい」
「…もあったかいな」

その声が耳元で聞こえた。何が起こっているのだろう。背中が温かくて、田島くんの声がいつもよりずっと近くから聞こえる。私が猫を抱いている手にもうひとりの手が添えられている。

「よし!」

そうして抱きついてきたときと同じ様に突然彼は離れていった。

「飲み物、麦茶でいいよな!」

降りかかった彼の声は普段と変わらない無邪気な声で。さっきのはなんだったんだろうと私の頭は混乱する。私は今、抱きしめられたのだろうか。

「ごめん、田島くん、私今日用事があって、早く帰らなきゃいけないの、忘れてた」

それだけ言うのが精一杯で。どんどん熱くなる顔を見られたくなくて。彼の顔を見ることも出来なくて。田島くんは「そっか、分かった」って、やっぱりいつもと同じ態度だから私は余計訳分かんなくなって。

「送ってこうか?」
「ううん、大丈夫。お邪魔しました」

さっき置いたばかりの鞄を手にとって玄関に向かってふらふらと歩き出す。そのままパタンと扉の閉まる音がする。だからそのとき田島くんがどんな表情をしているか私がついぞ知ることはなかった。いや、振り返ったって同じだ。きっと田島くんはいつもと変わらない無邪気な顔をしているに違いない。きっと、さっきのは、猫を抱きしめるようなものと一緒だったに違いないのだ。私は必死で自分にそう言い聞かせながら早足で帰り道を歩いた。

閉まった扉の向こうは知らない。

「…少しやりすぎた、かな?」