例えば、暇な古典の授業中にふと窓の外を見るとグラウンドで体育の授業を受けている彼を見つけたりとか。さすがに開けた窓から彼の声は聞き取れないけど、この無数の声の中に彼のものも混じっているんだろうな、と思った瞬間、確実に彼のものだと分かる声が飛び込んできたりして、私はこっそり笑みをこぼす。今までだって、彼はそこにいたはずなのに。
 

04



「次の授業なんだっけ?」
「多分、現国。のはず」

ロッカーの中から現国の教科書を探して出していると、廊下の向こうから知った声が聞こえてきた。ふと、そちらを見てみると、やっぱり田島くんだった。よく通る声。そこそこ距離があったのに、田島くんの目は確実に私を捉えた。笑顔で大きく手を振って駆け寄ってくる。田島くんらしいなぁと思わず笑ってしまう。私も笑いながら小さく手を振り替えした。

ー!数学の課題やった?」
「え、うん、まぁやってあるけど」
「貸して!」

確か数学の課題ってプリント1枚だったはずだ。私のクラスは明日の1時間目が数学で、その授業で答え合わせして終わりに回収だったはず。私は忘れないように、とたまたま今回は早めに済ませておいたのだ。

「今日オレ絶対当たんのに、泉が見してくんねーの!」
「泉くん?」
「そう!いつもはなんだかんだで見してくれんのに今日に限って『いつもやってこないからダメ』とか言い出すんだぜ?」

他のやつにもオレには見せんなって言うし。今日オレ絶対当たんのに!あのせんせーねちっこいから嫌い!と彼は一気に言った。確かに、あの先生には『分かりません』は通用しないもんなぁ。と思うとだんだん田島くんが気の毒になってきた。他の先生ならまだしも数学。

「仕方ないなぁ」
「わーありがと!」
「でも泉くんの言うとおりだよ。自分でやらなきゃ」
「分かった!本当に助かった!」

そう言って彼は私からプリントを受け取ると走って自分のクラスへ帰っていった。私の3組と彼の9組は遠いから急がないと書き写す時間がなくなってしまうのだろう。でも廊下を走る田島くんは危なっかしくてついハラハラしてしまう。「人とぶつかんないでね…!」思わず後ろ姿に声をかけてしまったが、彼は人をひょいひょいと避けてあっという間に見えなくなった。余計な心配、だったかな。ホッと胸をなで下ろす私に「ねぇ、」と後ろにいた友達が言う。

「田島くんと仲良いの?」
「え、普通だよ」
「だって田島くん9組じゃん。遠くない?」
「近くのクラスに見してもらえる人いなかったんじゃないの?」

彼の場合、近くのクラスに知り合いがいなかったんじゃなくて、泉くん先に根回ししちゃって借りれなかったんじゃないかな、と勝手に予想を立てた。7組に野球部いるって聞いたし。で、貸してくれる人を探し求めてたら、たまたま廊下で私を発見した。きっと本当にそれだけのことに違いないと思うのだけれど。

「なんか、彼に懐かれてるねぇ」

懐かれてるっていう表現は正しい。でもいったいどうしてこんなに懐かれてしまったのかは謎だけれども。以前より田島くんを見かける回数が増えたような気がする。いや、でもそれは気のせいかも。今までは彼のこと知らなかったから、たとえ廊下ですれ違ってもまったく気に留めなかったからかもしれない。今は姿を見かければ田島くんが声を掛けてくれるし、何もしなくても騒がしい彼の声はよく通るから、聞きなれた声は必ず私の耳に聞こえてくる。それがなんだか不思議だった。