知らない男の子に勉強を教えてほしいと頼まれた。こういうときどうすればいいかなんてマニュアルは私の中に存在しなくて、私は一体どのような行動をすればいいのか皆目検討もつかなかった。
 

02



キーンコーンカーンコーンとどこか調子外れな鐘の音が響いたかと思うと、今度はゆるい日直の「きりーつ、れい」と言う声がする。それを合図に机と椅子がガタガタいう音と喋り声で教室はいっぱいになった。

「じゃあね、
「バイバーイ」

と、ひとりふたりと友達が鞄に教科書を詰めている私に声を掛けてから帰っていく。私がまだ帰らないのは昨日のことが気になったからだ。昨日職員室で出会った彼。結局彼は何だったのだろう。初対面の人に本気で勉強教えてって頼むことないよね?うん、ないない。きっと冗談だったのだ。もしくは社交辞令。だから私は悩む必要ない。だって放課後になったけど、彼は来ないし。と、考えながら、でも少しだけもしかしたらという気持ちも持っていた。だから私はホームルームが終わったあとだというのにとろとろと帰り支度をしていたのだ。もし、万が一、本気だったら困るから。期待していたのではなくて、もし私が帰ったあと彼が来て、翌日なんで帰ったんだよとか言われたら困るから。つまり、私は彼に悪い印象を持たれるのが嫌だったのだ。でも、彼が来る気配がないのでそろそろ帰ろうと思った、そのときだ。

「あ、いた!」

と聞いた声がして、振り向いて見ると昨日の田島くんが廊下からひょっこり顔を出していた。帰らなくてよかった、と私は内心胸をなでおろした。

「たじまくん、どうしたの?」
「どうしたはこっちのセリフだよ!昨日勉強教えてって頼んだじゃん」

もう忘れちゃったの?と彼は言う。忘れてないよ、忘れてないから私はまだ教室に残ってたんだよ。でもそうは言えずに「ごめんね」とだけ謝っておいた。私はまだ田島悠一郎という人物を図りかねていた。「頼むよー先生」と彼は笑う。多分悪い人ではないのだろう。明るい子なんだなと私は結論付けることにした。

「で、どこで勉強やんの?」
「えっと、」

まず勉強場所として図書室が思い浮かんだがすぐ却下した。静かすぎて人に勉強を教えるのには向かない。次にこの教室はどうかと思ったがまだ数人残って勉強する気配だった。他に人がいても良いのだが、出来ればいない方がやりやすいし、集中出来る。

「田島くんのクラスは?誰か残って勉強してた?」
「いや、出てくるときはオレひとりだったよ」
「じゃあ田島くんのクラスでやろう」

ダメ元で聞いてみたのだが、どうやらこのまま勉強場所の確保はできそうだった。すっかり私は彼に勉強を教えることになってしまっている。彼のペースに嵌ってしまっている。別に私も学校の図書室かどこかで勉強するつもりだったから別に良いのだけれど。話してみたところ明るく喋りやすい子だし、今さら断るなんてこと私には出来ない。

「何の教科やるの?何が苦手?」
「全部!」
「…、1日で全部は出来ないから絞って」
「んじゃ英語!」
「分かった」

今絶対たまたま私の机の上に英語の教科書が置いてあるのが目に付いたから言ったな、と思いながら教科書を鞄の中に入れる。

「本当に私でいいの?」
がいいんだって」
「昨日も言ったけど私頭良くないからね?」
「確実にオレよりはマシだから自信持てって!」

最後にもう一度念押しをしておくと彼は笑いながらそう答えた。まぁ本人が言うのならいいのだろう。教えるのも自信ないし、相変わらずもっと適任がいるように思えて仕方ないのだけれど。そのときの私はすでに諦めていた。あのとき、あんなことを言った先生が悪いのだと。

「よろしく、せんせ!」

こうして私たちの放課後勉強会が スタートしたのです。