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その時の私はまだ彼を知らなかった 01 「先生、ノート集めてきました」 「おう、か。そこ置いといてくれ」 学級委員なんて所詮パシリみたいなものだ。面倒なことは全部押し付けられるなぁと重いノートの山を抱えながら思った。先生はひとりの男子生徒と話をしていたらしく、そう言うと彼の方に向き直った。どうやらこれで私の仕事は終わりらしい。やっと帰れる。 「田島、お前はせめてノートだけでも取れ。落書きしか書いてないノートを提出するな」 「だってちゃんと書いてあると思ったんだもん」 「今回は見なかったことにしてやるから明後日ぐらいにもう一回出せ」 「えー、ムリ!分かんない!」 「…いっそに勉強教えてもらったらどうだ」 突然自分の名前が出てきたことに驚いたが聞こえなかったふりをして重いノートをドサッと置く。先生、そういう絡みづらい話題を振るのはヤメテクダサイと心の中で頼んだ。その言い方だと私ががり勉みたいじゃないですか。しかも相手は知らない男子だ。上履きの色が一緒だったし、なんとなく見たことあるような顔だったから、きっと同学年なのだろうが、所詮その程度の認識だ。クラスの男子でもないし、もちろん会話もしたことない。赤の他人なのに。どういう反応をしろと?さいわい、彼はその言葉を流してくれたが。 「しょうがないじゃん、分かんないものは分かんないんだから!」 「お前ー、それじゃそのうち野球だってできなくなんぞー」 「うお、それは困る!」 「じゃあ、ノート出せ」 「分かった!」 先生と男子の会話を聞きながら私はそそくさとその場を立ち去ることにした。最初に先生に声掛けたからいいよね、先生他の生徒と話してるしねと心の中で必要のない言い訳をしながら。自分の名前が出されたことにより勝手に若干の居心地に悪さを感じていたのだ。なんで私がこんな目に!「失礼しました」と職員室を出るところで後ろから先生との話が終わったらしい例の男子が追いついた。目が合って、しまったと思う間もなく、彼はニカっと笑った。あ、こういう明るい子なんだと私は安堵する。少しだけ、睨まれたりしたらどうしようとか思っていた。 「ねぇねぇ、オレ田島悠一郎!」 「あ、私は」 「でしょ!知ってる」 名乗られたのでこちらもとりあえず自己紹介しようと思ったが、先に言われてしまった。なんで名前を知ってるのかと一瞬驚いたが、なんてことはない。さっき先生が呼んでいたからだとすぐに気付いた。それにしても田島ってどこかで聞いたことのある名前だなと思った。確か友達が話していたような。曖昧な記憶を頼りに半分賭けで「田島くんってもしかして野球部の?」と聞くと「うそ、オレのこと知ってんの?」と彼は目を輝かせた。名前だけ、誰かが話してるのを聞いたことがあると正直に答えると彼は「オレってば有名人」と笑った。確かに、私が聞いた話は彼の運動神経がすごくいいという話だったから有名人といえばそうなのだろう。 「でさ!お願いがあんだけど、マジでオレに勉強教えてくんない?」 突然のことで固まりながらもやっとこさ「え?」と聞き返すと彼は「ノート写さなきゃなんないし、テスト前だけどオレ授業あんま聞いてなかったから全然分かんないし。マジでピンチなの!」と自分の状況を説明した。いや状況は分かったが、しかし何故そこで私に頼む?彼に勉強の出来る友達はいないのだろうか。それか、彼は何か勘違いしているか。 「言っとくけど、私頭良くないよ?誰か友達に頼んだ方が」 「野球部のやつらでもいいけど、それだとオレすぐ遊んじゃうんだもん」 なるほど。知らない人との方が気が引き締まり集中できるということか。友達と勉強していたら、絶対に勉強に関係ないお喋りしちゃうもの。つい盛り上がりすぎて、気が付くと大分時間が経っていたなんてことも私も経験している。かと言ってひとりで教科書とにらめっこしていても理解出来るわけでもなく。…、って納得してる場合じゃない。 「んじゃ、そういう訳だから。よろしくなー!」 「え、ちょっと、待って、」 言いながら彼は走って行ってしまった。速い。止める間もなかった。さすが野球部。さすが学校の有名人。どうやらその運動神経は噂以上らしい。 ってそういうことじゃなくて。 え、冗談だよね? |