「練習、頑張ってるね」
「わあ!?」
誰もいないと思っていたのに突然声を掛けられて、文字通り飛び上がって驚いてしまった。振り返ると相手がプルソンくんだったものだからさらに驚いてしまった。私のオーバーなリアクションにプルソンくんは「そんなに驚かなくても……」と言うけれども、驚くに決まっている。憧れの人がいつの間にか後ろに立っていたら驚くに決まっているのだ。
「まだ帰らないの?」
「いまいち振りが決まらないところがあって。ちょっと鏡で見直してただけで――」
音楽祭へ向けて特訓と言うほどのものではない。頑張っていると特別褒められるほどのものではなくて。実際ひとりで練習し始めてからまだ十分くらいしか経っていないし。
「でももうちょっとやってこうかな〜なんて」
いつまでやるなんて決めてなかったのに、ちょっと見栄を張った。ずるい言い方だ。でもそれを咎めるひとはこの場にいない。私とプルソンくんのふたりきりなのだから。
「僕が演奏してあげようか?」
「えっ!? ピクシー様に!? そんな恐れ多い……!」
他クラスの、しかもめちゃくちゃ演奏が上手くて悪魔学校の伝説にまでなっているプルソンくんを私の個人的な練習に付き合わせるなんて申し訳なさすぎる。クラス違うからライバルだし、手伝うメリットが彼にはないし、もう日も暮れ始めているし、プルソンくんも自分の練習で疲れているだろうし。
「遠慮しなくていいから」
「それに、楽譜、ないし」
「必要ない。さっき君が歌ってるので覚えた」
私の調子っ外れな歌で!? というかどこから見られていたんだろう。恥ずかしすぎる。彼の前ではなるべく自分を良く見せたいのに。いつも格好悪い姿ばかり見せているような気がする。
「……僕が吹きたいだけだから」
その言葉のすぐあとに「今日はまだ吹き足りなくて」と彼が続ける。そんなふうに言われたら断れなくなる。
「じゃあ、お願い、します……」
プルソンくんの取り出すトランペットが夕日に反射してきらめく。もうすぐ日暮れでこの教室内も薄暗いはずなのに、彼の立っている場所だけスポットライトが当たっているみたいに輝いて見える。不意にプルソンくんが視線を上げ、こちらを見て目を細めた。
「一応言っとくけど、僕が練習付き合ったこと秘密だから」
「誰にも言わないよ」
ドキドキと心臓がうるさい。彼は私の返事を確認すると、再びトランペットに向き合う。彼がマウスピースに唇を付け、伸びやかな音が教室内に響く。私の調子っ外れな歌とは違って正しい音程、正しいリズムで音楽が奏でられていく。
「……練習しなよ」
見つめすぎたのか、プルソンくんが演奏を止め、気まずそうに言う。そうは言ってもこの状況で普段通り練習出来るひとがいるのなら会ってみたい。
2024.11.18