「オロバスくんかわいいっ!」

 ふたりきりの空き教室に私の声が響く。
 クラスメイトには『どこが?』と聞かれる。本人も言われ慣れていないのか毎回言われるたびに戸惑っている。
 確かに背も高く、体格も良く、精悍な顔付きで、一般的に想像するかわいい男子とはかけ離れているのかもしれない。少なくとも見た目は。
 でも、初めて出来た後輩で、さらには彼も私を先輩として慕ってくれているとなれば、目に入れても痛くないと思ってしまうのは仕方がないと思う。

「あの、先輩……」

 控えめに私を呼ぶ声もかわいい。上目遣いでこちらを窺う様子もかわいい。ぎゅうと抱きしめたい衝動に駆られるけれど、それをぐっと我慢する。
 長椅子に座った彼の隣には読みかけの本が伏せられている。それが窓から差し込む日の光に照らされていた。彼の言いたいことは分かっていたけれど、あえてそれに気が付かないふりをする。だって、こんなに良い天気なのだもの。

「なぁに、オロバスくん?」
「あの、そろそろ離してもらえると……」

 別に拘束なんてしていないのに、彼が弱ったような声で言う。ただ私は彼の頭を撫でているだけなのに。彼の黒髪は程よく固くて触り心地が良い。確かに私は『頭を撫でさせてほしい』と彼にお願いしたけれど、彼がそれを振り解こうとしたならば簡単に叶うはずなのだ。私よりもずっと背の高いオロバスくんを撫でるために、私は立ったまま、彼には椅子に座ってもらっている。オロバスくんが立ち上がれば、それだけで、私は彼の頭に触れる手段を失ってしまうのだ。

「嫌?」
「いえ! 決してそういうわけでは……!」
「そう」
「そういうわけでは、ないのですが……」

 真面目でお堅くて、そのまっすぐさは近寄り難さすら感じるほどだというのに、その彼が私の『かわいい』というたった一言で表情を崩すのがたまらない。

「出来れば、かわいいではなく――」

 彼がキッと顔を上げる。ぐいっと強く手を引かれて、彼との距離が近くなる。その眼鏡の奥に見える瞳はまっすぐで、熱っぽく、真剣で強い眼差しをしていた。
 今まで見たことのない彼の表情にドキリと心臓が鳴る。思わず、彼の頭に乗せていた手のひらを空中で止める。「あ……」と漏れた私の声は、どこにいくでもなく地面に落ちた。
 きっと彼を形容するのに適した言葉は『かわいい』ではなく、『格好良い』なのだろう。彼は男の子で、本気になれば私の手も簡単に振り解ける力を持っていて――

「何でもないです……ッ!」

 絡まった視線を先にはずしたのは彼の方だった。今までにないくらいオロバスくんの顔が赤くなっている。耳まで真っ赤だ。そんな表情を見せられては――

「オロバスくん、かわいい」

 もう、彼を手放せそうにない。

2022.05.11