▼緑川リュウジは居合わせる

風呂上りに脱衣所で髪の毛を乾かしているとすっと影が差して見上げるとオレと同じ様に濡れた長い髪をした風丸が立っていた。やっぱり髪が長いと乾かすのが大変だよなーと自分と同じくらい長い髪を見てぼんやりと思った。

「緑川ー、明日の午後の休みを使って皆でDSの対戦やらないか?」

風丸からゲームをやろうと誘ってくれるのが少し意外で、オレは嬉しくなった。一緒にゲームをすることはあったけれども、いつもの風丸は真面目で『明日も練習あるんだからゲームはほどほどにしとけよ』と言う係りだったからだ。

「うん、やる!」
「よしきた。俺の最強メンバーで叩きのめしてやる」
「オレだって負けないからなー」

それだけ言って脱衣所を出る。そうと決まればさっそく部屋に帰って明日の準備をしなくては。明日はどんな作戦でやろうかなぁと考えながらたまたま通りかかった廊下で角を曲がろうとするとヒロトとの声が聞こえて思わず足を止めてしまった。角から一歩踏み出してしまったがふたりのところまではそれなりに距離があり、向こうがこちらに気づいた気配はなかった。会話の邪魔をしてはいけないと思い、別の廊下を通るか誰かの部屋まで遊びに行こうと引き返そうとした。しかし耳に飛びこんできた会話が気になってつい留まってしまった。余計なお節介というか、野次馬魂だ。

「ヒロトにまだ代表入り決まったお祝いあげてなかったね。何がほしい?」
のそこ気持ちだけで十分だよ」
「私があげたいの。だめ?」
「だめじゃないけど」

そこは素直にもらっておけよ、とリュウジは心の中で突っ込む。ここまでされればヒロトもの好意に気が付いてもおかしくないものなのに、この返事だ。ヒロトのことだからもしかしたら気付いていてこの態度なのかもしれないと一瞬思ったが、ヒロトがに向ける目は他と明らかに違うのだからそれはないだろうと打ち消す。もしかしたら無自覚なのかもしれない。あのヒロトが、だ。

「急に言われてもほしいものなんて思いつかないや」

そう言ってヒロトは困ったように笑う。遠慮しているわけではなく本当に思いつかないらしい。確かにの提案は突然だったけれども、普通何かしらほしいもののひとつやふたつ思いつくだろうに。特に合宿所で生活している今はほしいものを買いに行けるような環境じゃないのだから。何が食べたいとかそういうリクエストでも何でもいいから言えばいいのに。もヒロトと同じような困った表情をしている。こんな展開は想像していなかったのだろう。そういえばヒロトが何かものをねだったところを見たことがない気がする。お日さま園でヒロトは父さんのお気に入りだったけれど、父さんに何かねだっているところなんて見たことがなかった。そんなヒロトを見て父さんはあれやこれや勝手に買い与えていたようだったけれど。ヒロトは父さんのことが好きだったけれど、自分から父さんのところへ寄っていくこともなかった。

そんな風にふたりを観察していたら、ふいにヒロトと目があった。オレはとっさに目をそらそうとしたけれども、ヒロトの助けを求めるような視線を無視することはできなかった。このままだとも困ってしまうだろうし。ふたりきりを邪魔するような野暮なことは趣味ではないのだけれど、今回は助け舟が必要なようだから仕方ない。あえて空気の読めないやつのふりをする。

「ねーねー!オレにはないの?」

そう言ってヒロトの肩に腕を回しながらタックルする。突然現れたオレには一瞬目を丸くしたけれど、すぐに表情を崩した。

「あ、うん。リュウジくんは何がほしい?」
「オレねー、リストバンドがほしい!」

とっさに出てきたほしいものだったけれども、これはなかなかいいチョイスだったと思う。今まで練習中汗を拭うのはもっぱらユニフォームの裾の仕事だった。仮にも日本代表の大切なユニフォームで汗を拭くのはどうかと思ってはいたけれども、マネージャーにいちいちタオルを持ってきてもらうのは申し訳ないと思っていた。でもその度に『緑川くんダメだよ、裾が伸びちゃうよー』と叱られていたから。

「ふたりで行って選んできてよ。だけだと変にファンシーなの買ってきそうだし」
「ちゃんとセンスいいの買ってくるよ」
「ヒロトの方がオレの趣味分かってると思うし、それに一緒に出掛ければついでにヒロトのほしいものもその場で買えるじゃん」

我ながらいい提案だと思った。これならばヒロトとが自然な流れでふたりきりで出掛けることが出来るだろう。

「それならリュウジくんも一緒に行こう?」
「ダメ、オレは明日は風丸や吹雪たちとDSで対戦する約束してるから!よろしくね」

嘘じゃない。そんなのいつだって出来るだろうと言われるかもしれないけれども、大人数でトーナメント戦をやる予定なのだ。練習のあとでは皆疲れているし、大規模な対戦は時間がないと出来ないのだ。

「じゃあ明日の午後は休みだからそのときに出掛けようか」

ヒロトがそう言うのを確認してからオレはそっとその場を後にした。本当に世話の焼けるふたりだと思う。デートのきっかけを作ってあげたオレをよくやったと褒めてやりたいくらいだ。

どうしてふたりは早く付き合わないのだろう、と常々不思議に思う。そういうことに疎いオレでもヒロトがのことを特別に思っていて、がヒロトに好意を抱いていることぐらいとっくに気付いている。もしかしたら、ヒロトはの気持ちには気付いているのかもしれない。ヒロトは鋭いから。でも自分に向けられる人の好意とかには疎そうだ。

早くくっついてしまえばいいのになぁとオレなんかは思うのだけれど、きっと本人たちにはそう簡単にことを運べない事情があるのだろう。オレなんかには到底分からない理由があるのかもしれない。オレだって他人事だからこうそう思えるのだ。きっと自分のことだったら、あれやこれや理由をつけて告白を先延ばしにするだろうことが簡単に予想出来る。傍から見るほど物事は単純でないのだと思い知らされる。

ただ、オレはふたりが笑い合っていてくれたらしあわせなのになぁと思うのだ。それは口にするだけならひどく簡単で、だけれどもオレなんかに出来ることはこれぽっちもないのだと思う。