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▼ウルビダこと八神玲名は助言する
『玲名も一度見に来たら?』という言葉にほいほい従ったわけではないけれども、にそろそろ会いたかったのも事実だし、たまにはを息抜きに誘い出すのもいいのではないかと思って合宿所を訪ねることにした。面倒くさくて連絡も何もせずに訪ねたのだが当然のようにその日も練習があった。突然訪ねたのにはただ驚いた顔をしただけで、快く出迎えてくれた。丁度仕事が終わったところらしい。ただ何かあったときのために選手たちの練習を見てなくてはいけないからと申し訳なさそうに言われた。突然押しかけたのはこちらだというのに。ただ、マネージャーと一緒にベンチで練習を見ようと言われたのだけは断った。一応部外者なのだし、選手たちもマネージャーでないやつがベンチにいたら気になるだろう。少し離れた木の陰で見学させてもらうことにした。を待つ間ひとりでそこで見ていようと思ったのだが、も一緒にいると言って聞かなかった。『別にここにいても選手の様子は分かるし、せっかく玲名が来てくれたのに』と言われてしまっては連絡しなかった負い目もあって折れるしかなかった。
「玲名が来てくれて嬉しいな」
そう言ってはにこにこと笑う。そんなに喜んでくれるのならもっと早く来ればよかったと思ったが、それと同時に不安にもなった。
「他の皆とはうまくいってるのか?」 「うん、皆やさしいよ」
その答えに安堵する。は嘘の吐けない子だから、本当にこの合宿所で過ごすことが楽しいのだろう。
「ヒロトもリュウジくんも頑張ってるよ」
がそう言った丁度そのときその時わぁとグラウンドの方から歓声が上がって、私たちの視線はそちらへ向いた。見るとゴールネットが揺れていて、ヒロトが仲間とハイタッチをしていた。あるわけないと分かっていたが、こちらの会話を盗み聞きしているんじゃないかってくらい良いタイミングだった。
「ね、皆また強くなってるでしょう?」
が微笑んで言うその声にキャーという黄色い叫びが重なった。そちらに目を向けると私たちが座っている反対側のフェンスに数人の女子がこちらを見ていた。
「ヒロトくん頑張ってー!」
再びフェンスの向こうから黄色い声援が飛んでくる。日本代表のファンといったところだろうか。先ほどから彼女たちは彼らの練習を見て、時には黄色い声を上げ、時には声援を送ったりしていた。その声に気付いてヒロトが軽く手を上げて応えると再び彼女たちから黄色い声が上がった。
「ヒロトあんなことになってるけどいいのか?」
そちらを指差せば、もそちらを見て少しだけ眉を下げて笑った。そのときたまたま円堂からゴールを奪ったのがヒロトで、彼女たちも特にヒロトをひいきしているわけではなく他の選手にも同様に声援を送っていたのだからあまり気にすることではないかもしれない。そして毎日この合宿所で生活しているにとってはもう日常茶飯事かもしれない。ただそれでもヒロトが女子にキャーキャー言われることについてがどう思っているのか気になった。
「皆ヒロトくんが素敵な人だって気が付いてくれて嬉しいよ」
「あなたは本当に無欲ね」
思わず溜息が出た。そんな回答が返ってくるとは予想していなかった。『いつものことだから』とか『さっきのヒロトのゴール格好良かったもんね』とかそういうはぐらかした答えが返ってくると思っていた。まさか『嬉しいよ』と返してくるとはさすがに予想していなかった。
「ヒロトは人当たりがいいし、結構中性的な顔立ちしてるからモテるぞ」
そう言うとの表情がピクリと動いた。先程自分では無欲だと言ったけれども本当はそんなことないのだと思う。この子はあまり表情に出さないだけだ。の言葉に嘘はない。ヒロトが人に好かれ、人に囲まれることは純粋に嬉しいのだろう。しかし、自分ではない誰かがヒロトの特別になるのは嫌だ、といったところだろうか。本人は気付いていないだろうが。
「は本当にそれでいいのか?」
ある意味それはの本心なのだろう。あんなことをしたヒロトが皆に認められることは喜ぶべきことなのだろう。ヒロトのやさしいところを皆に知ってもらえるチャンスが与えられたことは本当に幸運で、恵まれているのだと思う。それ以上望むことはないかもしれない。しかし、その中に自身の幸せは含まれていない。が望んでいるのはヒロトの幸せだ。ではのしあわせは一体どこにあるの?
「はヒロトと似ている」
思わず溜息が出た。独占欲がないと、言ったら良いのだろうか。人よりもそれが薄い。もしかしたら腹の中ではぐるぐると嫉妬の炎を燃やしているのかもしれない。そんなもの外から見ただけの人間には分からないほどのスキルを持っているのか。だとしたらは良く出来た人間だと思う。いっそ人間離れしているほど。ただ、彼女と親しいつもりでいる人間としてはもう少し本心を見せてくれてもいいのではないかと少し淋しくなる。
「もっと欲を出せばいいのに」
欲はきっと自身の内にあるのだと思う。本当に無欲な人間などいない。はそれを表に出せないだけなのだ。この機会だからもう少し言ってやろうと口を開きかけた瞬間、「!」と彼女を呼ぶ声と重なった。あまりのタイミングの悪さに私は思わず眉を寄せた。
「!今のシュート見ていてくれた?」
そう言ってヒロトが笑顔でこちらへ駆け寄ってくる。そんなヒロトを見て変わったなと思う。そこには宇宙人の殻がはがれたヒロトがいた。ヒロトが合宿のために園から出たのはそう前の話ではないのに、それからまたさらに人間らしくなったように思えた。ヒロトはもう異星人ではなかった。ヒロトを変えたのは何だろう。
「見てたよ。ちゃんと、見てた」
そう言っては微笑んだ。まるで母親のようだと思う。とても愛おしそうな表情でヒロトを見る。以前のよりももっと柔らかい表情。悔しいけれど、にこんな顔をさせるのはこいつだけなんだと思う。
「ああ、玲名も来てくれていたんだね」
「お前の応援に来たわけではない。に会いに来たんだ」
そう言うとヒロトは特に気にする風でもなくまた軽く微笑んだ。私が会話する気がないのが分かったのかヒロトはに向き直った。
「この後玲名と出かけたりするのかな?」
「うん、練習の時間が終わったらちょっと」
「暗くならないうちに帰っておいでよ」
「それは大丈夫」
ヒロトはこんな風に笑うやつだっただろうか。昔はもっと鼻に付く笑い方しか出来なかったように思う。本人はあれで上手く笑えているつもりだったらしいが、今と比べると偽物だったことがよく分かる。
「おっと、そろそろ練習に戻らないと」
円堂くんに怒られちゃう。そう言ってヒロトは再びグラウンドへ戻っていった。
はヒロトと少し喋っただけなのにとてもにこにことしていた。そんな些細なことでとても嬉しそうにする。もうちょっと欲張ってもいいんじゃないかと思う。そんながもどかしくてつい口を出してしまう。本当は言うべきではないと思っているのについつい余計なことを言ってしまうのだ。は私にヒロトのことを相談してこない。それは信頼がないということではないのは分かっている。相談されてもいいアドバイスなど出来ない。自分が困っている姿が目に浮かぶ。は私があまりそういう話題が得意でないことが分かっていて気を遣ってくれているのだ。それなのに私は自分から余計なことを言いたがる。
「玲名、ありがとう」
それなのにはお礼なんて言うものだから私は安堵して、また余計なことを繰り返してしまうのだ。
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