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▼バーンこと南雲は目撃する
「南雲くん、隣いいかな?」
ソファーの上で寝っ転がってサッカー雑誌を読んでいると上から声が降ってきた。顔を上げるとがにこにこと笑いながらこちらを見下ろしていた。
「珍しいな」
近くにヒロトがいるのなら別の場所に移動しようかと思ったが、見たところ影がなかったので起き上がってに場所を空けてやる。は「何が?」と首を傾げながらソファーに座った。三人がけのものだからスペースは十分にあった。
園の中でヒロトとの仲はほぼ公認みたいなものだ。本人たちに自覚はないみたいだが、こちらは見てれば分かる。少なくともはヒロトを好いている。小さい頃はまるで本物の兄妹のようだという認識だったがさすがにこの年頃になれば、男女がそれなりに仲良ければそういう目で見る。俺は大して気にしたこともなかったが女子が色々と噂するので嫌でも知ってしまう。女たちはに直接あれやこれや探りを入れているらしいがなかなか思い通りの回答を得られないとも聞いた。まぁヒロトの方に聞きにいけるほど勇気のあるやつはいないからそっちの気持ちはまだ不透明らしいが。
少なくともにとってヒロトが特別であることは一目瞭然だ。それが恋愛感情かどうかは別として。
「今日はヒロトと一緒じゃないんだな」
余計なことは言わないでおこうと思ったのに、つい口を衝いて出てしまった。別にだって四六時中ヒロトと一緒にいるわけではない。決してはヒロトの後をついて回っているわけではない。分かっていたのに、自分の中の違和感が気になってつい言ってしまった。それこそ深い意味のない言葉だったのにはビクリと肩を震わせた。
「何、ケンカ?」 「違う、そんなのじゃなくて、私が勝手に…」
そんながヒロトと距離を取るなんて、きっと何かあったのだろう。いくら鈍感と言われる俺だって分かる。これで分からなかったらただのバカだろう。けれどもは不意に見せてしまった本音を隠すように、次の瞬間にはことさら明るい声と笑顔を見せた。
「本当に何でもないの」
「ふーん」
何でもない顔なんてしていなかったけれど、それ以上深くは聞かなかった。深く聞けるほど親しいわけでもなかったし、そこまで興味もあるわけではなかった。けれども、覗いてしまうと気になる。
何でもないというその言葉の裏付けをするかのようにはいつもより明るい声で「あ、ヒロト」と言った。つられて俺もの見る方に顔を向けると、廊下をヒロトが通るところだった。上着を着て、どうやらどこかへ出かけるところだったようだ。ヒロトはの声でこちらに気づいて足を止め、にっこりとよく出来た微笑みを顔に浮かべた。
「ヒロト、どこかへ出かけるの?」
「ちょっと玲名と買い物に」
「…そう」
そんな風に眉を下げて笑うくらいなら言えばいいのに。行かないでとか、自分も一緒に行きたいだとか言えばいいのだ。そうしないのはきっと断られるのがこわいのか、それともついていって自分が邪魔者になってしまっていたらと考えているのか。
「その組み合わせ珍しいな」
「夕飯の買い出しで男手がほしいらしいんだ。たまたま荷物持ちになりそうなのが俺だけで。でも晴矢がいたなら俺じゃなくても良かったかな」
微妙な空気に耐えかねてフォローを入れてやれば、ヒロトは空気を読んだかのようにに都合の良い返事をした。それなのには聞いているんだかいないんだか下を向いて俯いたままだった。ヒロトはふたりきりで買い物に行くのはたまたまだと言っただろ。
「それじゃあ行ってくるよ。そろそろ玲名に怒鳴られそうだし」
「あ、うん。いってらっしゃい」
そう言っては手を振る。行ってほしくないならそう言えば良いのに。ただ一言がそう言えば仕方ないから俺が代わりに買い出しに行くぐらい言ってやったのに。
「言えばよかったのに」
ぼそりと呟くとはきょとんとした顔で首をかしげた。きっと俺の言った言葉の意味なんかこれっぽちも分かっていないのだろう。
いつもヒロトの脇にいるだけ、それだけで満足したような顔をする。いつも何かをヒロトから与えられるのを待っている。俺にはそれがまどろっこしく思えて仕方ないのだ。
本当は好きで好きで仕方ないくせに、相手がこちらを見てくれる段階になるとふいと目をそらすのだ。俺はそれが不思議で不思議で仕方なかった。やっとこっちを見てくれて嬉しいんじゃないのかよ。
漸く分かった。逃げ道を作っているのだ。
それが気まぐれだと困るから。期待して傷つくのがこわいから。
それがずるいとも臆病だとも思わないけれども、それでいいのかと疑問には思う。ただ自分だったらそうはしないだろうとは思う。もしも、自分が好いている相手が一瞬でも自分のことを見てくれたなら、逃がさないように、自分だけ見ていてもらえるように必死で気を引くだろう。
ヒロトも何を考えているか分からないし、このふたりは俺には到底理解出来ない存在だった。
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