▼ガゼルこと涼野風介は回想する

昔からヒロトとは妙に仲が良かった。は外で遊ぶことはほとんどなく、家の中で遊んでいることが多かった。ヒロトはよくそんなの元へ絵本を抱えて行って隣で読んであげていたりした。内気でひとりでいることが多かったはヒロトによく懐いた。

ヒロトは父さんのお気に入りだったからやっかみを受けることが多かった。しかしはそんなものとはまるで無縁だった。ヒロトを純粋に慕っていた。昔からはヒロトの後をちょこちょことついて歩いていた。はヒロトにとても懐いていた。それは嫉妬が強くなったジェネシス計画の最中でもの態度は変わらなかった。ヒロトはそんなにどこかで救われていたのだろう。

いつだったか、園の皆で星を見たことがあった。その日は丁度何とか流星群で流れ星が沢山見れるのだと騒いでいた。その日だけは幼い子も含めて皆夜更かしを許され、庭にレジャーシートを引いて一列に横になって空を眺めていた。皆わくわくとしてどこか浮き足立った気持ちだった。その頃はまだ小さかったから、こうしたイベントが純粋に楽しかったのだ。

寝転がると視界いっぱいに星空が広がって、陳腐な表現だが吸い込まれてしまいそうだと思った。そうやってぼんやり眺めていると視界の端にひとつ星が流れた。

、今の流れ星見れた?』
『見れなかった…』

偶然隣にいたに声を掛けると泣きそうな声が返ってきてぎょっとした。そうしている間にも近くで「あ、また流れた!」という嬉しそうな声が聞こえてくる。「まだひとつも見れていないのか?」と恐る恐る尋ねるとは小さく頷いた。運が悪いというかタイミングが悪いというか、皆が流れ星を見てはしゃいでいる中でまだひとつも見れないということは逆にすごいことなんじゃないかと思った。今にも泣きそうなの後ろでまたひとつ星が流れた。

こういうときどういう言葉をかけていいのか分からなくてただ黙って頭をなでてやろうとすると「大丈夫」と言う声が聞こえた。振り返るとそこにはヒロトがいた。にっこりと、やさしい笑顔を見せて近付くとの顔を覗きこむ。

『大丈夫だよ。次は見れるよ』

そう言ってヒロトはの手を取ってぎゅっと握った。ヒロトの自信満々の言い方に少しだけ安心したのかは今まで泣くまいと力を入れていた表情を緩ませた。

『ほら、あちらの空を見てごらん』

つられてヒロトの指差す方を見ると、ちょうどその指先の夜空にすぅっと一筋の光が流れた。あまりにも出来すぎた偶然に不覚にも声を失ってしまった。

『ヒロトすごい!魔法使いみたい!』

止まった時を動かしたのはだった。普段は大人しいが珍しくはしゃいだ声を上げた。ヒロトの手を両手でぎゅうっと握って、興奮したように息を弾ませて喜んでいた。このときばかりは私もヒロトはの魔法使いなのだと思った。の涙を止める魔法使いだと。も同じ様に感じたに違いない。

『おーい風介、ちょっとこっち来いよ!星座の見方分かんない!』
『今行く!』

立ち上がりざまに振り返ると、ちょうどヒロトとがこてんと横になるところだった。手をふたりで繋いで寝転んでいるさまはまるで双子のようだと思った。

『空全体を見るんだ。そうしたら視界の端っこで星が流れるのが見れるはずだから』

その場を離れるときにヒロトが説明しているのが耳に入った。

この時漠然とだが、を救えるのはヒロトしかいないのだなと悟った。それほどふたりが一緒にいることは当たり前だったのだ。

そんなふたりだから今もがヒロトの傍にいることを不思議に思ったりはしない。当然の流れだと思う。ヒロトとは似たもの同士で、この頃のふたりはまるで重力で引きつけられているかのようにいつもぴったりと一緒にいた。もちろんそれは記憶の中の話で、実際のふたりはそんなに四六時中一緒にいたわけではないのだが、このふたりはずっと一緒にいるのだと、そんな風に思っていた。


「風介、を知らないかい?」

だから、こんな風にヒロトが尋ねてきたことを意外に思った。ヒロトでもを探すことがあるのか、と。

「見ていないけれど」
「そう」
「何か用?」
「いや、合宿の件で少し確認したいことがあったのだけど」

ヒロトは少し前にFFI日本代表に選ばれた。もそれについていくという。日付までは覚えていないけれど、その合宿が始まると聞いていたから色々話すことがあるのだろう。

ヒロトが日本代表に選ばれたと聞いて一番喜んでいたのはだった。まるで自分のことのように嬉しがっていた。そんながヒロトについていくと言ったことは驚いたけれども、当然の流れのように思えた。ふたりはいつも一緒にいたのだから、むしろ私はが行かないと言った方が驚いたかもしれない。

「急いでるの?」
「いや、そういうわけではないけど」

姿が見えないから少し気になってね、と言ってヒロトは苦笑した。確かにヒロトがを探すというのは珍しいかもしれない。それくらいふたりはいつも一緒にいるイメージだった。とは言っても最近の記憶は宇宙人時代のものなので、当てにならないのだけれど。こいつでもたまに不安になったりすることもあるのだなと思うと意外だった。

「あれ、ヒロトどうかしたの?」
、良かった。探していたんだ」

ヒロトを見つけるのはいつもで。彼女には何かセンサーやアンテナがついているんじゃないかってほどヒロトを見つけるのが上手い。そのセンサーは誰にでも反応するわけではなく、ヒロト限定なのだけれど。

私はそんなふたりを横目で見ながら、深く溜息を吐いた。

こいつはの存在のありがたさに気が付いているのだろうかと時々疑問に思う。宇宙人になる前も、宇宙人になった後も、そして宇宙人でなくなってからもずっと態度を変えず一緒にいてくれる。その存在の貴重さに気が付いているのだろうか。恵まれた環境に慣れきったのが理由で気付いていないのならばぶん殴ってやりたいところだが、きっとそうではないのだろう。こいつは自分のことでいっぱいいっぱいで周りを見る余裕がないのだ。いつも落ち着いていて大人びてみえるヒロトだけれど、実際はそうではないと気が付いたのは最近のことだった。

ジェネシス計画の最中はこいつだけは本当の異星人なのではないかと思ったこともあった。いつも余裕で未来さえも見通しているのではないのかと。でもそうではなかった。ヒロトの精一杯の虚勢だったのだと今では分かる。

ヒロトは見た目ほど器用な人間ではないのだ。

「不器用だな」

ぽそりと小さく呟いたつもりだったその声は案外遠くまで届いてしまったらしい。とヒロトが振り返ってこちらを見た。

「え、私のこと?」
「確かにはちょっと不器用なところあるよね」
「ヒロトまで」

そう言ってヒロトとは笑い合った。やはりふたりがこうしている方が落ち着くなとぼんやり思った。