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▼宇宙人だった少年の話
グランである俺は父さんのためだけに生きていた。
それまでの俺だって、父さんのために生きているようなものだったのだけれど。グランである代わりに“ヒロト”として生きてきた。父さんの息子の、サッカーの大好きな“ヒロト”。写真の中の“ヒロト”は本当の俺とは違って明るく快活そうだった。
自分が“ヒロト”の代わりだと気付いた時期を正確には覚えていない。俺に似た、でも俺ではない少年の写真を見つけてしまうよりも前から俺は誰かと重ねられていると感じてはいた。父さんが俺を通して誰か別の人を見ていることぐらい、幼い俺にだって分かってしまった。気付かなければしあわせだったのかもしれない。鈍感でいれば父さんの愛を一身に受けたしあわせな子どもとして生きられたのかもしれない。
サッカーをすることで父さんが喜んでくれるのなら、いくらでもやろうと思った。もっともっとサッカーが上手くなろうと思った。サッカーは純粋に楽しくて、やっているときはたまに目的を忘れてしまうときもあったけれど、俺は父さんのためにサッカーをしていた。父さんの“ヒロト”がフォワードだったから俺もフォワードになって点をばんばん取ろうと思った。そのポジションが俺に向いているかいないかはどうでもよくて、俺は“ヒロト”と同じくらい、いやそれ以上にサッカーが上手くなくてはいけなかった。そうでなければ父さんが悲しむから。
父さんが俺の世界の全てだった。
父さんのためになら何でもやろうと思った。俺は俺なりの方法で父さんの悲しみを少しでも埋めてあげることが出来たらと、そう思った。それがたとえ間違っていたとしても、俺は父さんを喜ばせたかっただけだから、正否は関係なかった。罪悪感だって、あまり感じなかった。ただただ父さんのために何かをしたかっただけだったんだ。
けれども父さんのジェネシス計画は失敗した。それまで父さんのために生きてきたから、父さんがいなくなってしまったら俺はこれからどうすれば良いのか分からなくなってしまった。本物の息子でない俺は父さんに出会う前の自分も確かにいたはずなのに、それまでの自分がどのようにして生きていたか思い出せなかった。もっとも、そのころの自分に戻ることが正解とは到底思えなかったからどうでも良いことだったのだけれど。瞳子姉さんを始めとして大人たちは「もう自分の好きなことをしていいんだよ」と言う。けれどもこれまでの俺だって「自分の意思で選んで」生きてきたのに、これ以上どうしろというのだろう。俺は、俺がそうしたくて父さんの計画を手伝ったんだ。育ててもらった恩とかそういうのもあったけれど、俺は父さんと出会って幸せだったから父さんの望みを叶えてあげたかったんだ。幸せをくれた人にしあわせを返したいって思っただけだったんだ。
大好きな人に何かをしてあげたいって思うことの何がいけないのだろう。俺は今だって、父さんがもう一度世界征服をしたいというのならばそれに従うだろう。もっともサッカーを使った破壊活動は俺も少しだけ悲しいから遠慮したいけれども。俺は今だって父さんの役に立ちたいと、そう思っているんだよ。
『私が間違っていた』
父さんはそう言って涙を流した。間違ったやり方でも父さんをしあわせに出来ればそれでいいと思っていた。けれども間違ったやり方ではやはりダメだったのだ。何が正しかったのかは分からない。ただ結果父さんを悲しませてしまったという事実だけが俺に圧し掛かってくるようだった。父さんのためのジェネシス計画で最後に俺が得たものは父さんの涙だった。
「ヒロトが好きなことをやってくれたら私はそれだけで嬉しい」
父さんは静かに俺にそう言った。俺の好きなことって何だろう。父さんが喜んでくれることが俺の嬉しいことだったはずなのに。
それまでの俺は霧散して消えてしまった。
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