「諸伏警部、絶対熱あるでしょう!?」
私の言葉に彼は振り返り、目を丸くさせる。そのリアクションがすでに彼らしくない。私が頓珍漢なことを言っていれば彼は無言のまま軽く片眉を上げるのが常だし、もし体調不良を隠し通したいのならば微笑んで煙に巻いただろう。この表情は体調がおかしい自覚はあっても熱があるとは思っていなかった顔だ。
「失礼します!」
そう言って勢いよく一歩距離を詰めると彼の額に手を当てる。体温計がなくても分かるほど彼の額は熱かった。
「な……っ!?」
彼の頬はかすかに赤らんでいて、額に触れている短い間にも熱がどんどん上がっている気がした。こんなに熱があるのに平然と捜査を続けようとするなんて。
「昨日濡れたままでいたからでしょう! 諸伏警部はいつもいつも無茶ばかりするんですから」
「君に説教されるとは」
「嫌だったら自分の体も大事にしてください」
「嫌ではありませんよ」
「嫌じゃなくても体は大事にしてください」
そう言って私が彼の背中を押して歩くと「そういう意味ではなかったのですが」と小さく呟く声がした。いつもだったら、じゃあどういうつもりだったのかと問いただすところだけれど、今はそれどころではない。
「少し休んでください」
本当は帰ってしっかり体を休めてほしいのだが、今この状況で彼がすんなり帰るとは思えない。せめて仮眠室か、いやこの際自席で少し寝てくれるだけでも良い。ぐいぐいと押して廊下を歩いていく。
「つらかったら私の肩に寄りかかっていいですよ」
身長差はあるが、軽く支えることくらいは出来る。とはいえ、提案してみたものの諸伏警部がそんなふうに甘えるとは思っていなかった。
「では、遠慮なく」
――思っていなかったのだが。
彼の髪が、さらりと頬に触れる。
「あの、これは……」
「寄りかかって良いんでしょう?」
「歩きにくくないですか?」
すれ違う同僚も不審そうな目でこちらを見ている。寄りかかるにしても、肩に手を置いて体重を預けるとかではないのか。いつもより近くで聞こえる彼の声もくすぐったくて落ち着かない。
「やっぱ、誰かもっと体格の良い人を呼んで――」
「君が寄りかかって良いと言ったんでしょう?」
普段彼が私の言うことを素直に聞くことも、頼ったりすることもないから、私の言葉を聞いてくれたこの状況は喜ばしいものではあるのだけれど。
「あの、ちょっと近いんで……」
バクバクと自分の心臓の音がうるさい。その音にかき消されてしまうんじゃないかと思うくらい小さな声しか出なかった。私のその小さな声が聞こえたのか聞こえなかったのか、彼が小さく「ふっ」笑う音がした。
2025.06.13