「実は好きな人が出来たんだよねぇ」

 私がそう零せば、ロナルドくんはまるでおもちゃのように動きがぎこちなくなった。ギギギと音が鳴りそうなほどゆっくりと振り返って、彼の青い瞳が私を捉える。
 新横浜ハイボールの一角。退治人はほとんど出払っていて、マスターは一般のお客様の相手で忙しそうにしている。私の先ほどの言葉は、喧騒に紛れて、向かいに座る彼にしか聞こえなかっただろう。

「えっ?」
「だから、好きな人」

 彼は目を丸くさせ、ぽかんと開けた口から呆けた声を出す。優しい私はもう一度同じ言葉をゆっくりと噛んで含ませるように繰り返してやった。

「はぁ!? すきなひと!? おま、一体いつの間に!」
「いつだっていいでしょ。それに時間はいくらでもあるし」

 私だっていい大人だし、今日まで時間は腐るほどあったし。好きな人くらいいくらでも出来るでしょ、そう言うとロナルドくんは背後にガーンと効果音がつきそうなほど驚いた顔をしていた。
 そんなに驚かなくたっていいのに。確かに今までロナルドにはこういう話したことなかったけど。

「……ど、どんな人?」
「んー、強い人かな?」
「はは。なんだ、強いだけかよ」

 彼が口の端を引き攣らせながら言う。明らかに目が泳いでいて、表情と言葉が全く噛み合っていない。ダラダラとひどい汗をかいて、動揺しているのが丸分かりだ。

「あとやさしい」

 自分の好きな人を“強いだけ”と言われて、ちょっとムキになって反論しまった。

「ほ、他は!?」
「すっごいイケメンで、だけど誠実」

 ぐぅと彼が小さく呻くのが聞こえた。一瞬俯いた彼だったが、すぐに勢いよく顔を上げた。

「他は!?」

 意外にもロナルドくんが突っ込んで聞いてくる。こんなにも食いつかれるなんて思わなかった。『ふーん、そうなんだ。良かったな!』程度で流されると思っていたから。

「……結構な有名人で、収入は安定してる方だと思う」
「そ、そんなやつ、実在するはずが……」
「するんだなぁ、それが」

 私も友人からそんな話を聞いたなら、そんなスーパーマンはいないと思ってしまっただろう。その気持ちは分かる。気持ちは分かる、けど――。

「でもすね毛はボーボー」

 投げやりにそう言うと、ロナルドくんはきょとんとした表情を見せる。ここまで言っても気が付かないなんて。もうこうなったら、何事もなるようになれ、だ。

「私のそばにずっといてくれて、こんな話もちゃんと聞いてくれる人」

 それでいて、こんなに近くにいるのに私の気持ちにちっとも気付かない鈍感な人。

「ロナルドくんのことだよ」

 そう告げて、彼の顔をじっと見上げる。ぱちくりと瞬きを二回ほど繰り返したあと、彼はまた目を見開いて、やっと私の言葉が脳まで達したのか、遅れて顔を真っ赤に染め上げた。

「えっ、あっ……お、俺!?」
「あはは、変な顔。びっくりしすぎでしょ」

 そんな可能性は少しも考えていなかったのだろう。今や彼の顔は見たこともないくらい、首まで真っ赤になっている。驚きすぎて、椅子から転げ落ちそうになっている。そんなに驚かなくたっていいのに。

「それで、私の気持ちを知ったロナルドさん。お返事は?」

 嫌われてはいない、はずだ。先ほどのやりとりと、この真っ赤に染まった顔を見る限り、ちょっとだけ期待してもいいのかも。私は彼から熱が移ったかのように火照る頬を押さえながら、彼の返事を待った。

2022.06.12