「あれ?」
ぱちりと瞬きをした瞬間、違和感があった。はっきりとは分からないけれど、何かおかしいような。
周りを見回すと、どこかで見たようなリビングキッチン。窓からは暖かな太陽の光が燦々と降り注いでいる。
「あれ、もう帰ってたんだな!」
「ロナルド!」
「おう、ただいま」
少し不安を覚えたところで、よく知った友人の顔が現れ、ほっとする。ロナルドがいれば大丈夫。何かあったとしても退治人の彼ならきっと助けてくれるだろう、と。そう思ったのに。
「んー」
私の前に立ったロナルドは私の腰に手を回して、顔を近付けてきた。何!? 近い!!
「ちょちょちょ、ちょっとロナルド! 何!?」
「なにって……ただいまのチュー?」
「ただいまのチュウ!?」
思わず聞き返してしまった。ロナルドの額を押して何とか距離を取ろうとする私に、彼は唇を尖らせて不満そうな顔をする。
「なんだよ、毎日してるだろ?」
「してない! 知らない!! いつから!?」
「いつからって……そりゃ結婚してから毎日だろ?」
「ケケケ、ケッコン!?」
誰と、誰が!?
私の脳内で教会の鐘が鳴り響く。
「お前今日どうした? おかしいぞ」
おかしいのはロナルドの方だ。私たちは友達で、決してそんな関係だったことは一度もなかったはずじゃないか。そう言ってやりたかったけれども、私の口から出たのは、はくはくと無意味な空気の音だけだった。
「熱でもあるんじゃないか? 大丈夫か?」
そう言ってロナルドが再び私の腰に手を回す。さっきよりも力強く引かれた。いや、何この距離!? ロナルドとは友達だから肩を組んだりしたことはあるけれども、こんな真正面で向き合って抱きしめ合うみたいな距離は知らない。
「頑張りすぎるなよ? ……俺の奥さん」
ちゅっと小さく額に口付けが落ちる。
よく見るとロナルドの顔がいつもとちょっと違う。少し老けたような? まさか。
――まさかこれって、私とロナルドが結婚した未来の世界!?
*
「ワアアアアア!!」
「うお!? あっぶね!」
「ギャーー! ロナルド!!」
ずざざと後退って叫ぶ私にロナルドは「なんだよ」と口を尖らせる。
「それより体調は大丈夫か? モロ催眠食らってたから一応VRC行くか」
「ん? 催眠?」
周りを見渡すと、あたたかなリビングキッチンは消え、いつもの見慣れた新横の道路だ。その道端に私は横たえられていた。
「もしかして私、吸血鬼の催眠で意識失ってた?」
「……覚えてないか? やっぱVRCだな」
さすがに吸血鬼の能力といえど、時を越えるのは不可能だろう。じゃあ先程の距離感がバグったロナルドは、吸血鬼の催眠で私の脳が勝手に見ていた夢ということ!? 私の深層心理ってこと!? いや、まだ分からない。吸血鬼の能力の詳細は不明みたいだし。もしかしたら、ただ偶然そのとき一番近くにいた人と結婚する夢を見させる吸血鬼かもしれないし。
「おい、本当に大丈夫か? お前さっきから様子が……」
「ちっかい!!」
「ぶへ!」
ドキドキと心臓がまだうるさい。ロナルドとはずっと友達だったのに。気の合う仲の良い友達。今まで恋愛だとか、そんなふうに考えたことは一度もなかったのに。
「なん……なんで……」
思わず額を両手で押さえる。あれは現実ではないはずだったのに、彼が触れたそこがひどく熱を持っているような気がした。
2022.02.17