「今日お昼にメロンパンを食べてたら後ろから翔ちゃんが声かけてきて」
私はトキヤくんの隣に座って他愛のない話をするのが好きだ。特にこうしてトキヤくんのお部屋にお邪魔して、彼のものであるビーズのクッションを抱きながら今日あったことをあれこれ話す。
「それでね、そのとき翔ちゃんが」
「もうその話は結構です」
私の話を突然トキヤくんが遮った。せっかくトキヤくんのお部屋にお邪魔して楽しくお喋りしていたのに。もっとも楽しくお喋りしていたのは私だけで、トキヤくんはずっと手元の雑誌に視線を落としたままだった。やはり突然押しかけたのがいけなかったのか。以前訪ねたときは怒られることもなく、音也くんも含めて数時間トランプをやって楽しく過ごしていたのに。
「それはわざわざ私の部屋にまで来て聞かせる話ですか」
やっぱりトキヤは怒ってる。そう思ってドキリとしたけれども彼が「しかも他の男の話を」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。びっくりしてトキヤくんを覗き込むと視線をそらされた。眉間にしわが寄っている。
「トキヤくんもしかして嫉妬?」
思ったことを口に出すとトキヤくんの眉間のしわが余計に深くなった。反論しなかったからきっと図星だったのだろう。トキヤくんがこんな小さなことで嫉妬するとは思わなかったので驚いて彼の顔をまじまじと見てしまう。
「それよりも時間は大丈夫なんですか。どこへ行ってるのか知りませんが音也だっていい加減帰ってくるでしょう」
「音也くんならここに来る途中で会ったけど、しばらく外で時間潰してくれるって」
多分翔ちゃんと那月くんのところに行ってるんじゃないかなぁと言うとトキヤくんは「余計なことを」と忌々しげに呟いた。
「トキヤくんは私とふたりは嫌?」
「嫌なら最初から部屋に上げていませんよ」
「馬鹿なことを言わないでください」そう言ってトキヤくんは私の頭を撫でた。相変わらず視線は雑誌から上げてくれないけれども、トキヤくんが触れてくれているだけで私は簡単に嬉しくなる。
「トキヤくんはそうやって私を甘やかすから付け上がるんだよ」
「構いません。甘えたければいくらでも甘えればいいんです」
ぐりぐりと頭を撫でられる。調子に乗って頭をこてんと肩に寄りかからせてみたが、甘えればいいという言葉通り何も言ってこなかった。
「トキヤくんも甘えたかったらいくらでも私に甘えていいんだよ?」
「結構です」
「何かしてほしいこととか」
「特にありません」
その答えに私は口をとがらせる。私だって甘えるトキヤくんの姿が見たいのに、これじゃあ不公平だ。
「は黙ってここにいればいいんです」
「さっきは帰れみたいなこと言ってたくせに」
「本当にこの口は余計なことしか言いませんね」
そう言ってトキヤくんは私の頬を引っ張った。普通に痛くて、引っ張っているトキヤくんの手をぺちぺち叩く。トキヤくんはこういうところ容赦ないから嫌だ。何度か叩くとやっと離してもらえたけれども、すでに頬が赤くなってしまっていた。
「分かりました」
トキヤくんはそう言って雑誌から私に向き直った。久しぶりに真正面からトキヤくんを見てドキリとした。トキヤくんの顔はイケメンだからまっすぐ見られると非常に困ってしまう。
「音也がしびれを切らして帰ってくるまでは私と一緒にいてください」
さっきと同じことを言われているはずなのに、ちゃんと目を見て言われると途端に恥ずかしくなる。さっきは適当に言っていたくせに、本気を出すとトキヤくんはすごくかっこいいからずるい。
「よ、よろこんで」
目を合わせられなくて今度は私が雑誌に目を落としながら言うと、おでこに手を当てられてそのまま後ろに引き寄せられる。
「自分で言わせといて何照れているんですか」
「トキヤくんも余計なことばかり言う!」
「はいはい、はかわいいですね」
「バカにしてるでしょう」
「してませんよ」
「本心です」おでこに彼の手ではないやわらかいものが触れて、私は「ぎゃあ!」という悲鳴とともに慌てておでこに両手を当ててガードした。あまりにも慌てすぎて右手をテーブルにぶつけて痛かった。ぶつけた手の甲を撫でていると上から笑いが聞こえてきたので、私のお腹に回っているトキヤくんの手をもう一度叩いた。
「さっきまで嫉妬してたくせに!」
「それはのことが好きだからですよ」
こんな台詞トキヤくんじゃない!好きなんて滅多に言わないくせにこういう使い方をしてくるなんて反則だと思う。
「あなたをからかうと楽しいことが分かりました」
トキヤくんはまだくつくつと体を震わせて笑っている。また余計なことを言うと何が返ってくるか分かったものじゃないので、私は無言のままトキヤくんの腕を叩き続けた。
2011.08.04